後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
「あの、レイラさん。少しいいですか?!」

 人気のない裏庭でぼんやりとしていたレイラは、突然声をかけられてきょとんと眼を瞬いた。
 菫色の瞳にまっすぐ見つめられて、少し怯みながらも、青年はどうにかその場に踏みとどまって言葉を探すように声を絞りだす。

「あ……あの!何か困っていることがあるなら……。僕じゃ頼りにならないかも、だけど……。話聞くくらいはできるし、あの……、えっと……。僕は話を聞いてもらって、すごく楽になった……、から………」
 でも言葉にするごとに、自分が図々しい人間に思えてきて、その声はどんどん小さくなっていく。

 医師を目指していた青年は、学校では優秀な成績を修め、将来有望だともてはやされていた。
 それゆえにおごり高ぶり、理由のない全能感に突き動かされるまま、止める手を振り切って最前線までやって来た。

 そして、見事に鼻っ柱を叩き折られたのだ。

 心が折れかけた瞬間に飛び込んできたレイラの行動に心を奪われ、医師を目指した幼い頃の気持ちを思い出した。
 そして、初心に戻って目の前の患者に向き合い、分からない事は素直に年長者に師事した。

 そうして同じ時間を過ごすうちに、いつの間にか平民も貴族も関係なく、みんなの輪に溶け込んでいることに気がついた。
 その輪の中心にいたのはレイラで、レイラがいたからこそ、その場の空気が柔らかく一つになっていると感じた青年は、明らかに自分より年下の少女を素直に尊敬し感謝していた。

 その恩人が浮かない顔をしているのに気がついた時、おこがましいと思いつつも、少しでも力になれないかと思い切って声をかけた次第だった。

「あ……、やっぱり僕なんかじゃ話しづらいよね……。あの、老師とか……なら……」
 だけど、振り絞ったはずの勇気はあっという間に尽きてしまったようで、青年は徐々に俯いてしまう。
「そんなこと、ないです。心配して、声をかけてくれて、ありがとう」
 レイラは、急いで声を返すと、ほんの少し笑みを浮かべた。

「私、本当はここに来ること、反対されてたんです。でも、大切な人が行方不明になったって聞いて、居ても立っても居られなくて……。我がまま言って、無理やり来ちゃったんです」
 迷うように視線を揺らしながら、レイラはぽつぽつと語りだした。

「ちゃんと役に立つからって、無理言ってここまで来たくせに……。どうしても彼の事が気になって気もそぞろになって……情けないですよね」
「そ……、そんなこと……」
 いつでも真っ直ぐに前を見て、みんなを励ましていた菫色の瞳に、うっすらと水の膜が張るのを見つけてしまった青年は驚き過ぎて言葉に詰まる。
 それでも、何とか声を振り絞ろうとした時、背後から複数の声が上がった。

「そんなこと、あるもんかい!」
「そうよ!レイラちゃんはいつだって一生懸命だったじゃないか!!」
 茂みの中から、建物の陰から次々と人影が飛び出してくる。

 それは、共に治療にあたっていた仲間達だった。
 医師や看護人の他にも、下働きのおばちゃんや力仕事を請け負ってくれていた退役兵の爺ちゃんまでいた。

 みんな、日に日に元気のなくなるレイラを心配していた面々で、何かを決意したような顔でレイラの後を追った青年医師に気がついて、それぞれにこっそりと後をつけて物陰に潜んでいたのだ。

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