後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
 マリオンが旅立ってからの激動の半年余りをぼんやりと思い返していたレイラは、そっと肩に触れた刺激で我に返った。
「レイラ様、お迎えがいらっしゃいましたよ」
 柔らかな微笑みを浮かべたユリアに示され、視線を扉の方へ向けれると、そこには白を基調に作られた正装に身を包むマリオンが立っていた。

「マリオン様」
 いつもの騎士服もりりしくてよく似合っているが、金のモールがきらびやかな白い正装に身を包んだマリオンはまさしく王子様という出で立ちで、レイラは思わず見とれてしまう。

 しかし、見とれていたのはマリオンも同様だったようで、わずかに頬を染めて無言のままレイラを凝視している。
 二人はしばし無言のまま見つめ合ったが、先に我に返ったのはマリオンだった。

「レイラ、すごく綺麗だ」
 ゆったりとした足取りでレイラに歩み寄ると、マリオンはまるでガラス細工に触れるかのように恐々と手を伸ばして、その頬に触れた。

「その白いドレスも、銀のティアラもレイラの菫色の瞳と金の髪に映えて本当に美しい。まるで妖精の女王様のようだね。外に出したら、誰かに攫われてしまいそうで怖いくらいだ」
 いつものマリオンらしくない饒舌な賛辞に、レイラは目を丸くした後くすくすと笑いだした。

「それならば、金のモールにたくさんの勲章をつけたマリオンは伝説の勇者様ね。誰が攫いに来ても、守り通してくれるでしょう?」
 おどけた仕草で軽くカーテシーをして見せたレイラに、目を瞬いたマリオンは小さく噴き出した。

「もちろん。誰が来たってレイラを渡すものか。君は僕だけのものだし、僕は君のものだ。この命に代えても守り通すよ」
 そっとレイラの手をすくい取ると、マリオンはその指先に軽い口づけを落とす。
 すると、レイラは掴まれた手と反対の方の手で、そっとマリオンの頬を撫でた。

「あら、命に代えてだなんて駄目よ。一人残されても、意味などないもの。死が二人を分かつとき迄、共にいる誓いをこれから立てるのでしょう?」
「……あぁ、そうだな。この命が果てる時まで共にあると誓うよ」
 見つめ合う二人の距離が少しずつ近づくその時、コホン、と小さな咳払いが響いた。

「まことに無粋なことは承知の上ですが、どうか誓いのキスは神父様の前まで取っておいてください。せっかくのお支度が崩れてしまいます。お時間が迫ってますから、直している余裕はございませんので」
 生真面目な声は、少し視線をそらしたユリアのもので、ハッと我に返ったレイラは恥ずかしそうに頬を染めてマリオンから距離を取った。
 
 逃げられてしまったマリオンは残念そうに小さく唇を尖らせたけれど、気を取り直したように、改めてレイラにエスコートの手を差し伸べる。

「では、永久の誓いを交わすために参りましょう」
 真っ直ぐに自分に伸ばされた手に、レイラは目を瞬いた。

 脳裏に、これまでにあったたくさんの苦労がよぎる。
 はるばる遠く故郷を離れて、寂しくて泣いた夜も、悔しさに唇をかみしめた日もあったけれど、この手にたどり着くための日々だったのだと思えば、それも悪くないと感じる事ができた。

 チラリと斜め後ろに控えるユリアに目を走らせる。

 これからも、きっと大変なことはあるだろう。
 だけど、これまでも一人じゃなかったし、これからはマリオンも側にいてくれる。
 そして、きっと側にいてくれる人はもっと増えていくのだろうと、そう素直に信じる事ができた。

 だから、レイラはにっこりと笑ってその手を取った。

「はい、喜んで」

 
< 115 / 124 >

この作品をシェア

pagetop