後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
「でも、名目だけとはいえ側室の1人だなんて言えないよね……」

 メイドと思われているからこそ、森を1人で歩くのも人と会うのも目溢しされているのだ。
 後宮の側室が、王以外の前にほいほいと出て歩く行為が咎められないわけがない。

「流石に懲罰もの、でしょ。いくら白い結婚どころか最初の集団目通り以降、王様の姿を遠目にすら見たことない、とはいえ」

 そもそも、王どころか周りに存在を認識されてるかすら最近は怪しい。
 自分で生活基盤をうっかり手に入れてしまった結果、今では刺繍糸の一本、パン一切れすら支給されていないのだから。

「下級メイドや商人とのやりとりもあるし、「生きている」くらいは分かっているとは思うけど……。あれ?……分かってるよね?」

 なんだか、自分の存在すらあやふやな事に気付いて微妙な気持ちになったレイラは、それでもため息ひとつついて気持ちを切り替えた。

「確かめようのない事をいつまでもグズグズ考えたってしょうがない。お仕事お仕事」

 生きていく為にはパンがいる。
 そして、パンを手に入れる為にはお金がいるのだ。
 部屋に座り込んでいても、それらが手に入ることはないのは、最初の1ヶ月で身に染みた。
 だから、レイラは今日も森を歩く。

「やだ。急がないと遅れちゃう」
 見上げた太陽はだいぶ高い位置にあって、レイラは足を早めた。

 今日はマリオンとの約束の日、だ。





「お薬、カゴの底に入れてるから使ってね?」
「あぁ、助かるよ。レイラの薬はすごいな。打身にも切り傷にもよく効くし、治りが早い」

 マリオンとレイラは、はじめに会った小川の側で座り込みのんびりとお茶を飲んでいた。
 せせらぎに浸けていた水筒は中身が程よく冷えていて、薬草を摘むために森の中を歩き回り、火照った体に心地よかった。

「育ててくれたババ様直伝なの。ババ様はみんなに頼られるすごい薬師なのよ」
 薬を褒められて嬉しくなったレイラはにっこり笑いながら、お菓子を手渡す。
 甘蔓を乾燥させたものを混ぜた焼き菓子は、ほんのり素朴な甘さがあって、レイラの自慢の逸品だ。

「さぞ高名な薬師なのだろうな」
「高名………かは分からないけど、近隣ではワザワザ森の中まで訪ねてくるくらいには頼られてたかな?普段は優しいんだけど、薬の事にはすごく厳しくて何度も泣いたなぁ」

 手順1つ間違えても意味がないのだと厳しく躾けられた。鍋の混ぜ棒でピシリとやられた事も、1度や2度ではない
 それでも、薬を1つ覚えるたびに大袈裟なくらいに喜んで、褒めて抱きしめてもらえるのが嬉しくて、辛いと思ったことはなかった。
 何より、自分の拙い手で作った薬が人の為になる事を知れば、苦労なんてどこかに飛んでいってしまうほど誇らしく感じていた。

 ババ様と薬を作り、父さんと森で狩りをして、母さんに料理や繕い物を習った。
 贅沢はできない貧しい暮らしだったけど、森とともに生きる豊かな日々がそこには確かにあった。

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