後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
「そっかぁ。後宮側の住人らしい……と」

 マリオンの話を、時々突っ込みつつも出来る限り聞き出したフィリアスは、しばらく黙り込んだ。
 腕を組んで天井を見上げる表情は珍しく真剣で、いつもトレードマークのように浮かべている薄っすらとした笑みすらも無い。

「フィリアス?」
「ん〜〜。あのさ、ちょっとその子の事詳しく調べても良いか?」
 真剣な瞳のままこちらをまっすぐ見つめるフィリアスに、マリオンは知らず息を飲んだ。

「なぜ、と聞いても?」
「淡い想いなら、諦めてもう会わない方が良い相手ってのも世の中にはいるんだよ」
 まるでこちらの心の中まで見通そうというような、真っ直ぐな視線を逸らさないまま、フィリアスがそっと呟いた。

「何を言っているんだ?」

「淡い想い」「諦める」それではまるで自分が恋をしているようではないか。
 驚きに目を見開き、否定の言葉を口にしようとして、マリオンは胸がツキツキと痛むことに気づいた。

 それは、今まで経験したことのない痛み。
 胸の奥の一番大切で繊細な場所を鋭い何かで突かれているような、細やかで、でも耐え続けていれば自分がどうにかなってしまう、そんな……。

 その痛みに、そっと胸を押さえてマリオンは考える。

『諦めて、もう会わない』
 それは、あの森での優しい時間を全て手放してしまうということだ。

 ようやく向けてもらえるようになった、柔らかな微笑みを。
 はにかんだように手渡される手作りのアレコレと、自分を気遣う眼差しを。
 なにより、何の言葉もなく森の音に包まれて2人でそこに居るだけで、不思議と満たされていくあの感覚を。

 そうして、もう一度考えてみる。

 もう二度と会えなくなって、自分は我慢できるのか?


「………無理だ。我慢できない。手放せる筈がない」

 零れ落ちた言葉に、マリオンは自分で呆然とする。
 いつの間に自分はこんなに強い想いを育てていたのだろう?
 出会って数ヶ月。同じ時を過ごした時間などわずかなはずなのに。

「オレは彼女を愛してる」

 酔っ払いが陽気にクダを巻く酒場の片隅で、熱烈な愛の言葉は呆然とした響きを持ってポツリと零れ落ちた。

「………まぁ、昔から恋はするものじゃなくて落ちるものだって言うしね。しょうがないんじゃない?」

 自称「恋多き男」は、そう言うと少し困ったように微笑んだ。
 その笑顔からいつものからかう物ではなく、包み込むような優しさを感じて、マリオンは何も言えずに俯いた。

「だけど、お前の立場的なものもあるだろうし、ちょっと色々確認はしておこうぜ?」
「………わかった。任せる」
 処世に長け、とんでもなく広い顔を持つフィリアスなら、不器用な自分よりもよほど上手に動いてくれるだろう。

 そっと頷いたマリオンにフィリアスはおどけた仕草でグラスをあげてみせた。
「任せなさい!色恋関係は俺の専売特許よ?」
 自信満々な様子に思わず苦笑しながらも、同じようにグラスを持ち上げる。
「お前は少し自重した方が良いと思うがな」

 カチン、とグラスが音を立てた。




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