後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
「今日、何かあったのですか?」
 確か、今日は王宮の薬師の使いと薬草採取をしに行くと言っていたはず。
 最近よくレイラの話に出てくる騎士の話を脳内で検索する。
 真面目で誠実そうな模範的な騎士の様に聞いていたが、よもや不埒な行いでもしたのだろうか?

「うう……。別にいつも通りよ……いつも通りなんだけど……」
 悶えるレイラの話を根気よく聞き、意味不明のところはうまく誘導し……、だんだんユリアの目が半眼に変化していく。

 どうにも、愛だの恋だの一欠片も興味のなかった主人に春が訪れようとしていたらしい。
 しかし、本人無自覚。
 おまけに、多分、相手も無自覚。

 高級女官のスキルとしては、主人の話を聞くのも仕事のうち。
 さらには主人のとりとめない思考を、誘導して纏めて理解するのも大切なお仕事だ。
 けど、なんだかそのスキルを磨いた事を、心の底から後悔したくなってきた。

 主人ではあるけれど、時には姉の様な気持ちで接してきたレイラの「初恋」。
 甘酸っぱい。
 なんならこっちが悶えたくなるほど甘酸っぱく、恋と呼んでもいいのか迷うほど淡い想い。

 一瞬迷ったユリアの脳裏を様々な思いがよぎる。

 一応、仮にも「側妃」という立場ではあるけれど、現状真っ白どころか、もはや透明な存在のレイラである。

 そして、今後も色がつく事は無いだろう。

 最悪、王の崩御までこの生活が続くか、誰かに下げ渡されるか。
 レイラの未来予想図としては、そんな所だと侍女でしかないユリアでもたやすく想像がついた。

 16で近衛にまで上がった将来有望な騎士。
 ………大いに結構なのではないだろうか?

 だがしかし。

「昨夜は遅くまで調合されていたから、暑気あたりでもされたのでしょう。お茶をお淹れしますから、それを飲んで涼しくされてみてはいかがでしょうか?」

 姉の様な柔らかな笑みを浮かべ、ユリアはとりあえず、結論からレイラの目を逸らさせることにした。

 まだ今は時期尚早。
 ひとまず、大切な主人を任せられる人物か、見極めなくては。

 そんなユリアは、ひとつ失念していたのだ。

 時として、恋の芽は瞬く間に成長するものであり、相手あってのモノだという事を。
 そして、大切な主人であるレイラは、時に驚くほど|引きが良い(・・・・・)トラブルメーカーである、という事。





「……どうしましょう」

 ほんの少しだけ。

 情報収集をするつもりで、混乱していたレイラをベッドに押し込んだ後、ユリアは行動を開始した。
 レイラに聞いて知っているのは、名前と年齢、近衞騎士である事と後は瞳の色くらいだ。

 近衞とは言え、怪我を負うほどには現場に出ているみたいだし、ほぼお飾りの高位貴族の子息ではなく、叩き上げの平民に近い存在だろうと楽観的に考えていた自分を殴りたい。

 出てきた情報はとんでもなかった。
 まさに藪をつついて蛇が出てきたと思ったら、その蛇がやけに長かった………みたいな。

(ダメだわ。私まで混乱してるみたい。落ち着かなきゃ)
 空転する思考回路に気づいたユリアは、深呼吸を1つすると、情報を整理するためにも、先ほどまでの出来事をゆっくりと反芻した。



< 26 / 124 >

この作品をシェア

pagetop