後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
「どうぞお入りください」
 誘導されたソファーの横でそのまま立って待つように目線で促した後、侍女仕様のユリアが静々と扉を開けて対応しているのを、レイラは狐につままれたような面持ちでぼんやりと見つめていた。

(そういえば、先日後宮の不正と対応改善について官司様が来られたから、それについてのお話、かしら?)
 分からないなりに予測を立てるも、それでどうして王子様が出てくるのか分からない。

(それにしても、第5王子って……。いったい何人お子様がいらっしゃるのかしら?確か姫君を合わせたら結構な人数だったような……。やばい、忘れた。ユリアにバレたら怒られる………というか、謁見のマナーってどうするんだったっけ?)

 ツラツラと考えていると、ユリアに誘導されて入ってくる人影が視界の端に映り、慌てて膝を軽く折り頭を下げた。

「突然の来訪、申し訳ない。どうか顔をあげてください」
 そうして耳に飛び込んできた声は、緊張しているように少し硬かったけれど良く聞き覚えのあるものだった。
 レイラは驚きに跳ねた鼓動を抑えるように、ことさらゆっくりと体勢を整えた。

 まず目に映ったのは深い紺の地に銀の飾りモールと真鍮のボタンのついた上質そうな上着。
 そこからゆっくりと顔を上げれば、じっと真剣な顔でレイラを見下ろす、濃い青の瞳が飛び込んできた。

「マリオン………さま……」
(え?なんで?いらっしゃるのは第5王子様でしょ?!あ!護衛……とか……)
 予想外な人物の姿に半ばパニックになりながらも、言葉にできずに絶句してただじっと見つめるレイラに、目の前のマリオンが深い深いため息をついた。

「やはり貴女だったのですね」
 その一言には深い困惑と諦めがあった。

 しかし、次の瞬間、その全てを振り切るように、マリオンはフワリと笑みを浮かべた。
 森の中の逢瀬で幾度となく見た、全てを包み込むような穏やかな微笑み。

 その笑顔に知らずに入っていた体の緊張がフゥッと抜けるのを感じ、レイラはゆっくりと息を吐いた。
 いつのまにか、驚きのあまり息まで詰めていたらしい。

 しかし、溶けたはずの緊張は、次のマリオンの行動に再び蘇ることとなる。

 マリオンは唐突にレイラの前に片膝を突くと、そっとレイラの手をすくい上げ、唇を押し当ててきたのだ。
 そうして、あまりのことに固まるレイラをそのままの体勢からそっと見上げてきた。
 そして……。

「レイラ、どうか私の伴侶として、今後の長い時を共に過ごしてはいただけませんか?」



 その場の時が、止まった。





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