後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
「ババ様は、一族の記憶をすべて引き継ぐ、偉大な薬師なの。それから一族を束ねる頭領でもあるんだって」

 宣言通り昼過ぎに戻ってきたレイラは、大鍋一杯に沸いた湯の中に、籠に詰め込んだ薬草をバサバサと放りこみながらそう言った。
 いつも薬草を丁寧に扱うレイラを見てきたユリアは、らしくないその適当さに目を丸くする。

「ああ、これは良いのよ。とりあえず煮詰めて緑の色素を取り出したいだけだから。このまま湯がなくなるまで煮詰めてくれる?」
 そうしてユリアに杓子を手渡すと、懐の中から大切そうに懐紙に包まれた何かを取り出した。
「大切なのはこっち。必要な手順を間違うとすぐに台無しになる厄介者よ」
 そっと机の上の黒い箱の中にしまい込むと、さらに引き出しへと入れてしまった。

「それから・・・・そうそう、ババ様のことよね。前にも言ったことがあると思うけど、ババ様はとても物知りでね。森の奥に住んでいるのだけれど、よく人が訪ねてきてたの。いろんな国に弟子がいて、その人たちの相談に乗ったり、とかね?」

 人は生きていくうえで怪我もするし、病にもかかる。
 出産を手伝う産婆や死んだ後に世話になる墓堀と同じくらい、薬師は生活の中に息づいているといっても過言ではないだろう。
 高額な医療費がかかる医師の代わりに、薬師に相談するのは庶民にとっては普通のことだった。

「薬師の中で、ババ様のことを知らない人はいないのではないかってくらい有名なんだって。訪ねてきた人たちはよく言ってたわ。言われたババ様は笑ってたけど」
 当時を思い出したのかレイラはくすくすと笑いながら、薬草をしまっていた薬棚を開けたり閉めたりして必要な材料を取り出していく。

「薬師のいない国はないでしょう?きっとババ様に声をかけてもらえば、みんな協力してくれると思うの」
「それは・・・・そうなのですか?ですが、そのような高名な方が、協力して下さるでしょうか?」
 言われた通り鍋底を焦がさないようにぐるぐるとかき回しながら、ユリアは首を傾げた。

 幼いころから共に暮らした情はあるだろうし、薬師の知識を授けてくれる師匠と弟子という関係性もあるとはいえ、レイラがやろうとしていることはどう考えても一筋縄ではいかない厄介ごとだ。

「それなんだけどね。とっておきのお願い方法を使おうと思って」
「・・・・・とっておき、ですか?」
 不思議そうなユリアに、レイラは神妙な顔で頷いた。

 父親の使いを名乗る男たちが来る前の日。
 まるでそのことを知っていたかのように話してくれたババ様の顔を思い出す。

 いつもの窓辺の揺り椅子の上で、ゆっくりと編み棒を動かしながらそっと秘密を教えてくれたあの時間。
 家の中に染み付いた薬草の香りと共に、レイラは不思議といまだにはっきりと思い浮かべる事ができた。

「そう。あのね、ババ様の一族に伝わる伝統なの・・・・・」




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