後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
 しかし、その優しい沈黙は、レイラが最後の仕上げとばかりに小さな丸薬を投げ込んだ数秒後に破られた。

「ゴホッ!ゴホッ!!ちょ………レイラ様!何ですかこの匂い!!」
 立ち上る真っ白い煙と共に広がる甘いような苦いような酸っぱいような、なんとも言えない香り。

「あ〜〜、そうだった。混ぜ込んだ瞬間の香りが1番やばいんだった!窓!窓開けててユリア!!」
「もうやってます〜〜」

 刺激臭に涙目になりながらも、すり鉢をかき回す手を止めるわけにもいかず、どうにか耐えながら叫ぶレイラに、珍しくバタバタと音を立てて動き回るユリア。

「なんなんですか、この匂い!」
「特別なインクの素〜〜!温度が下がれば匂いも落ち着くから、もうちょっと耐えて」

 ゴホゴホと咽せつつも、窓を開け終わったユリアは別の部屋に走っていったかと思えば、すぐに舞い戻ってきた。

 その手にはどこから持ってきたのか大きな扇子が握られている。
 そうして涙目で咽せながらも鍋をかき回すレイラの背後に立つと窓の方へ向かって全力であおぎ始めた。

「匂いが出るものを調合するときは、事前に報告してくださいと再三申し上げてましたよね!」
「ごめんなさ~~い。私も小さいころ一度だけ作り方を習ってただけだから忘れてたのよ~~」
「本当に昔からレイラ様は~~~」

 ユリアの必死の努力の甲斐があり、ゆッくりと煙が窓の方へ流れていく。
 少しずつ薄れる匂いの中、しばらくユリアの説教は続いたのであった。




 レイラ曰く”特別なインクの素”が無事出来上がり、窓を開け放した調合室から逃げ出した二人は、お茶を飲んでようやく一息つく事ができた。

 尤も、せっかくの薫り高い紅茶も先ほどの騒ぎで受けた鼻のダメージのせいで、半分ほども嗅ぎ取れないのだけれども……。

「そういえば、その薬師を生業にしている一族の方がどれほどの数いるのかは分かりませんが、本当に力になっていただけるなら、それは凄いことのような気がします」

 本当に方々から相談者が訪れるほど高名な薬師なら、王城の中にも知っている人がいるかも知れない事に気づき、ユリアは目を輝かせる。
(今度つてをたどって、王城の医師か薬師の方に話を聞けないかしら?)
そんな事を思いながら、ユリアは最初に感じた疑問へと戻ってみる。

「でも、レイラ様。おばあ様はアルライドにいらっしゃるのでしょう?手紙を送るにしても往復するだけで一月以上はかかってしまいますが……」

 それでは遅いのでは……、と心配そうに眉を寄せるユリアにレイラはにこりと笑った。

「そんなにかからないわ。うまくいけば、3日とかからずババ様に手紙を届ける事ができるはずよ。そのために、王妃様にお会いしてお願い事があるの」
「お願い、ですか?」

「そう。街に出る許可が欲しいのよ」


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