後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
 そして、万事つつがなく整えて、出発の日。
 荷物を詰めた鞄を抱えているというのに、まだあきらめきれないユリアとの冒頭のやり取りへと戻るのだ。

「大体、私はお医者様の助手として行くのに、そこに侍女が付いていくというのも無理があると思うの」

「私はレイラ様の侍女として行くのではなく、医療団の下働きとして参加するのですから、無茶などではありません。
 しいて言うならばレイラ様の同僚です。同じ年頃の同性の同僚ならば、狭い砦の中で同室になっても不自然ではありません」

 ツン、と横を向きながら答えるユリア。
 レイラが北の国境に行くことに納得していなくても、自分がレイラのそばを離れる方がもっとあり得ないという考えなのだ。

「もう、頑固なんだから」
 困ったように笑いながら、レイラは、この国に花嫁として送り込まれた時のことを思い出していた。

 明らかに生贄として送り込まれる、なさぬ仲の娘についていきたい侍女などいるはずも無く、当初レイラは一人でこの国へと嫁ぐことになっていたのだ。
 その時に、一緒に行くと手を挙げてくれたのが、当時メイドとしてレイラのお世話をしていたユリアだった。

 まだ勤め始めて半年ほどの年若いユリアは、押し付けられるようにレイラの世話をしていた。
 そもそも、メイドであったユリアが、仮にも令嬢付きになるのは異例のことだったのだ。誰もやりたがらなかった故の例外だった。
 それを知っていたレイラは申し訳ないと断ろうとしたのだ。

 後ろ盾のない、何番目になるかもわからない側室なんて、絶対苦労するのが分かっている。
 そんな運命に巻き込むわけにはいかない。

 やんわりと断ろうとしたレイラに、ユリアは首を横に振った。

「どうせここにいても、一番下っ端のハウスメイドです。それなら、名目だけでも侍女として隣国へ行った方が、いいことがあるかもしれないでしょう。
 私はレイラ様を利用しようとしているのですから、お気になさらずに」

 無表情で淡々と言ったユリアは、きれいな顔も相まってまるで人形のようだったけれど、その瞳が心配そうに揺らいでいるのを知っていたから、レイラはそれ以上何も言えなくなってしまう。

 愛妾の望まれない子供として、レイラを粗雑に扱う侍女やメイドたちの中で、ユリアだけは、いつでも真摯に接してくれた。

 少し表情が硬くて、少し素直じゃないため損をしている心優しいユリアを、レイラはすっかり大好きになっていたから。
 だから、せめて苦労は掛けても最後は幸せにしようと心に誓って、レイラはユリアと共にこの国に来たのだ。

「怪我だけはしないでね。危ないときは私をかばう前に逃げてね」
「怪我したらレイラ様が治して下さればいいのです。私はいつでもレイラ様の側にいますから」
 覗き込むように言えば、ツン、とさらにどこかを向いて、そうしてレイラの手からカバンを奪うとさっさと歩きだしてしまった。

「もう、待ってよユリア!カバンくらい自分で持つわよ!」
 慌てて追いかけるレイラから逃げるようにユリアはすたすたと足を速めた。
 その背中を追いかけながら、不謹慎だけれどなんだか笑いがこみあげてくるのを、レイラは必死に噛み殺した。




 そうして、北の国境に向かい援軍と追加の物資、そしてレイラ達医療団は粛々と出発したのだった。


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