後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
「レイラさんは、怖くなかったですか?」
走り回った一日を終え、夕食である具沢山スープを受け取って焚火の側でまったりとしていたレイラは、不意に声をかけられて顔をあげた。
そこには、ほぼ一日を同じ現場で過ごした(都合よくこき使ったともいう)青年医師がいた。
(・・・え~~と、確かアル・・・フレッドさん、だっけ?)
同じ木の器を持っているところから、おそらく休憩中だろうと、レイラは自分の隣に座るように促した。
「どうも・・・・」
短く答えて、隣に座るものの、食事を始める様子はない。
どこかぼんやりとした瞳で黙って炎を見つめるアルフレッドに、レイラは小さく首をかしげた。
「え・・・と、あったかい方が、美味しいですよ?」
「・・・・・どうにも胸がいっぱいで・・・・・」
食事をとるように促すけれど、ため息とともに小さな声が返ってきた。
(学校出たてって言ってたもんな~~。刺激強かったんだろうな~~)
アルフレッドの様子に、レイラは、祖母と共に初めて患者を前にした時の事を思い出していた。
(確か、冬眠しそびれて狂暴化してたクマに襲われた人たちの治療を手伝ったんだよね・・・・。あれは、ひどかった)
すでに複数の人を襲ったクマは、人肉の味を覚えていたため質が悪かった。
付き合いのあった森の側の小さな集落が襲われ、辛うじて退治できたものの被害は甚大だったのだ。
駆け込んできた少年の青ざめた顔を、今でも覚えている。寝込みを襲われ、彼の母親は兄弟を逃がすために犠牲になった。
「・・・・・怖かったですよ」
破壊された家に、飛び散る血痕と肉片。
響き渡る慟哭の声に、むせ返るほどの血の匂い。
あの時の恐怖は、レイラの根幹に染み付いている。
ぽつりとつぶやかれた声に、アルフレッドはぼんやりと炎を見つめていた瞳をレイラに向けた。
まっすぐに、アルフレッドを見つめる菫色の瞳に射抜かれる。
「でも、立ちすくんでいる間に、救える命が零れ落ちていくことの方が怖かった」
泣きじゃくりながらも小さな手で、意識の無い母親の引き裂かれた傷口からあふれる血をおさえようとしていた子供の姿を思い出す。
溢れる血は、零れ落ちていく命そのものだった。
「頑張っても、助けられないかもしれないのに…?」
「・・・・そうね」
アルフレッドの瞳が、不安と惑いに揺れる。
自分より年上の青年の、まるで子供のような表情に、レイラは淡く笑った。
「医学も薬も万能の魔法じゃない。救えない命は当然あるわ」
まるで困った弟を慰めるようなしぐさで、レイラはアルフレッドの固く握りしめられた拳にそっと触れた。
「でも、次は救えるかもしれない。明日には新しい治療法や薬が見つかるかもしれない。だから、前を向くの。だって、立ち止まってしまったら、そこでお終いなんだもの」
そして、やんわりとアルフレッドの手を開くとその手にスプーンを握らせた。
「明日の為に食べて。……医者の不養生なんて、ここにはそんな余裕なんてないのよ?」
少しおどけたようにそう言うと、レイラは「お茶をもらってくるわ」と言い残して立ち上がった。
その後ろ姿をぼんやりと見送ると、アルフレッドはスープを一口、口に含んだ。
少し冷めてしまったそれは、野菜の甘みが溶け込んで、今まで食べたなによりも美味しく感じた。
「・・・・・・がんばろう」
調理担当の兵士と笑って何かを話している小さな後ろ姿にもう一度目をやって、アルフレッドは小さくつぶやいた。
走り回った一日を終え、夕食である具沢山スープを受け取って焚火の側でまったりとしていたレイラは、不意に声をかけられて顔をあげた。
そこには、ほぼ一日を同じ現場で過ごした(都合よくこき使ったともいう)青年医師がいた。
(・・・え~~と、確かアル・・・フレッドさん、だっけ?)
同じ木の器を持っているところから、おそらく休憩中だろうと、レイラは自分の隣に座るように促した。
「どうも・・・・」
短く答えて、隣に座るものの、食事を始める様子はない。
どこかぼんやりとした瞳で黙って炎を見つめるアルフレッドに、レイラは小さく首をかしげた。
「え・・・と、あったかい方が、美味しいですよ?」
「・・・・・どうにも胸がいっぱいで・・・・・」
食事をとるように促すけれど、ため息とともに小さな声が返ってきた。
(学校出たてって言ってたもんな~~。刺激強かったんだろうな~~)
アルフレッドの様子に、レイラは、祖母と共に初めて患者を前にした時の事を思い出していた。
(確か、冬眠しそびれて狂暴化してたクマに襲われた人たちの治療を手伝ったんだよね・・・・。あれは、ひどかった)
すでに複数の人を襲ったクマは、人肉の味を覚えていたため質が悪かった。
付き合いのあった森の側の小さな集落が襲われ、辛うじて退治できたものの被害は甚大だったのだ。
駆け込んできた少年の青ざめた顔を、今でも覚えている。寝込みを襲われ、彼の母親は兄弟を逃がすために犠牲になった。
「・・・・・怖かったですよ」
破壊された家に、飛び散る血痕と肉片。
響き渡る慟哭の声に、むせ返るほどの血の匂い。
あの時の恐怖は、レイラの根幹に染み付いている。
ぽつりとつぶやかれた声に、アルフレッドはぼんやりと炎を見つめていた瞳をレイラに向けた。
まっすぐに、アルフレッドを見つめる菫色の瞳に射抜かれる。
「でも、立ちすくんでいる間に、救える命が零れ落ちていくことの方が怖かった」
泣きじゃくりながらも小さな手で、意識の無い母親の引き裂かれた傷口からあふれる血をおさえようとしていた子供の姿を思い出す。
溢れる血は、零れ落ちていく命そのものだった。
「頑張っても、助けられないかもしれないのに…?」
「・・・・そうね」
アルフレッドの瞳が、不安と惑いに揺れる。
自分より年上の青年の、まるで子供のような表情に、レイラは淡く笑った。
「医学も薬も万能の魔法じゃない。救えない命は当然あるわ」
まるで困った弟を慰めるようなしぐさで、レイラはアルフレッドの固く握りしめられた拳にそっと触れた。
「でも、次は救えるかもしれない。明日には新しい治療法や薬が見つかるかもしれない。だから、前を向くの。だって、立ち止まってしまったら、そこでお終いなんだもの」
そして、やんわりとアルフレッドの手を開くとその手にスプーンを握らせた。
「明日の為に食べて。……医者の不養生なんて、ここにはそんな余裕なんてないのよ?」
少しおどけたようにそう言うと、レイラは「お茶をもらってくるわ」と言い残して立ち上がった。
その後ろ姿をぼんやりと見送ると、アルフレッドはスープを一口、口に含んだ。
少し冷めてしまったそれは、野菜の甘みが溶け込んで、今まで食べたなによりも美味しく感じた。
「・・・・・・がんばろう」
調理担当の兵士と笑って何かを話している小さな後ろ姿にもう一度目をやって、アルフレッドは小さくつぶやいた。