後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
 それは、新月の闇の中で行われた襲撃だった。

 見張りは立てていたものの、数の暴力に押しきられてしまった。
 仮眠に入っていたフィリアス達が天幕から飛び出した時には、すでに野営地は戦場と化していたのだ。

 暗闇に慣れぬ目でどうにか応戦するが、不利は否めない。
 混戦になる中、出来るだけ背中合わせに戦っていたのだが、いつの間にか川のそばまで押しやられ味方の数も少なくなっていた。

 そこに、フィリアスめがけて死角から矢が飛んできたのだ。
 気づいたマリオンが、間に飛び込み、半数の矢を剣で払ったものの、ご丁寧に黒く塗られた矢までは目が捉える事ができなかったのだろう。
 数本の矢が、マリオンの体へと突き刺さった。

 自分の盾になり矢を受けたマリオンが、バランスを崩し川へと落ちていく様子が、フィリアスには不思議とはっきりと見えた。
 落ちながらも自分の方を見て無傷なことを確かめ、かすかに笑ったその表情までも・・・・。

「マリオン!!」
 川に落ちたマリオンを追って、すぐさま剣を投げ捨ててフィリアスも飛び込んだものの、思ったよりも流れは速く、暗闇の中何度も見失いそうになった。

 だけど、本当に見失ったと思った瞬間、きらりと闇の中に何かが光って見えたのだ。
 それに誘われるように目をやれば、そこには沈みそうになるマリオンの姿があった。

 突然の夜襲に、軽鎧姿だったことも幸いしたのだろう。
 いつもの重装備だったら、泳ぐこともままならず2人して水底に沈んでいたはずだ。

 意識の無いマリオンをどうにか掴まえ抱き込むと、激しい流れに逆らうことを諦めて、フィリアスは天に運命を任せることにした。
 濁流の中、岩に打ち付けられる時はせめて盾になろうとしっかりと胸にマリオンの頭を抱え、力を抜く。

 そうして、下手にもがかずに流れに身を任せたのが良かったのか、二人は不思議と、うまく岩の隙間を抜けることができたのだった。
 幾度かは避けられずぶつかったものの、うまく足で蹴りやれたり、背中だったりと致命傷は避けられた。

 やがて、川幅が広がったおかげか流れが少し緩やかになり、岸へとたどり着く事ができた時は、安堵のあまり、フィリアスは体中の力が抜けたようにしばらくぐったりと体を投げ出していた。

 そして、神に感謝する。
 暗い川の中でマリオンを見つける事ができたのも、今こうして自分たちが生きて川岸にたどり着けたのも奇跡以外の何物でもなかった。

 だけど、その奇跡に浸っている暇はなかった。

 腕の中にあるマリオンの体は、あの冷たい水の中にいたにもかかわらず、まるで燃えるように熱かったのだ。
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