後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
「私たちに感謝するなら、今度はあんたが、誰かが困っている時に助けてあげればいい。私らもそうしてるだけなんだからね」
 感謝の言葉を捧げる人々に、老婆は穏やかな声で語った。

「それにね。私の可愛いひ孫娘がねぇ。子供がお腹を空かせて泣いているのはかわいそうだって言うんだよ。あの子は戦場で頑張っているから、こっちは代わりにババが頑張るのさ。本当は危険な方に私が行きたいんだけどね」
 少し不安そうに眉根を寄せて見上げる先には国境がある。

 自分の家族や友人が兵士として戦場にいる者も多く、人々は老婆と同じく沈痛な表情で同じ方向を眺めた。
 食うに困って口減らしのために戦場へと向かった者も多かったのだ。
 それなのに、自分たちは安全な場所で腹を満たされている。
 その不条理さが胸を締め付けた。

 そもそも、若者を兵にとられることで耕す事ができず、荒れ地に戻る田畑も増えていた。
 何のための戦争なのか?
 余裕が生まれたことで、人々の胸へ押し込められていた疑念が浮かび上がってくる。

 そうして数日経ち、老婆を中心に再びキャラバンは立ち去った。
「この町はもう大丈夫だから、次の町に行くよ。支援物資はしばらくは届くはずだから、手はず通りみんなで分け合うんだ。思いやりを忘れちゃいけないよ。争いは何も生み出さないんだからね」
 幾分明るくなった顔色で、それでも不安そうに引き留めようとする町の人々に、たくさんの食料とそんな言葉を残して。

「……争いは何も生み出さない、か」
 遠ざかっていくキャラバンを見送りながらポツリとつぶやかれた誰かの言葉が、不思議なほど辺りへと響いて消えた。



 ほんの一滴に過ぎない誰かの善意。
 それは枯れ果てた人々の胸を確かに潤していった。
 飢饉により、飢えあえぐ一帯の町から町へ。
 ゆっくりと進むキャラバンよりも早く、噂は広がっていく。

『誰かの善意をのせてキャラバンが行くよ。
 温かい食事に病を癒す薬。
 お腹を満たして、心を満たして。
 そうしたら、今度は隣の誰かを助けてあげよう。
 ババ様が行くよ。
 あなたの町にも届けに行くよ。
 お腹を満たして、心を満たして。
 勇気が湧いてきたら、今度はババ様と誰かを助けに行こう』 

 まるで子守唄のような優しい旋律と共に、最初に歌ったのは誰なのか。
 庶民の間でひそやかに歌われるようになったその歌が、無茶な国の政策に眉をひそめていた誰かの耳にまで届き、やがて大きなうねりを呼び起こすことになるとは、今は誰も思っていなかった。


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