後宮のすみっこには天才薬師がいるらしい ~いないもの扱いだった人質の私、趣味の調薬で国を救って正体がバレました~
「やれやれ、年寄りに旅路は堪えるね」
 ガタガタと進む馬車の中、少しでも振動を和らげるために厚く敷かれた布の上にゆったりと身を横たえながら、老女はつぶやいた。

「だから、ババ様は大人しく国で采配だけ飛ばしていればいいのに。年甲斐もなく出張って来るからだよ」
 その体を優しくマッサージしていた青年が呆れたように答える。

「せっかく新しい風が吹こうって時に、田舎になんか引っ込んでられるもんかい。最前列で見届けさせてもらうよ」
 ケラケラと笑う老女は、レイラに助けを乞われたババ様その人だった。

「それに、どう考えたって私がこの場にいた方が、うまくいくってもんだろう」
「そりゃあ、一族の長が先頭に立って動いているのに、自分たちが怠けているわけにもいかないし。正式に継承したわけでもないのにババ様に死なれちゃ、一族の歴史が途絶えちまう」
 困ったように肩を落とす青年に、老女はなおも楽しそうにケラケラと笑った。

「別に、私ひとり倒れたところで、一族がどうこうなることもないだろうけどね。せっかくのこれまでにない取り組みだ。最後の一仕事と思ってね」
 レイラから送られてきた手紙に書かれていた構想は面白かった。

 身内のために手を差し伸べるのは当然でも、縁もゆかりもない赤の他人に見返りも求めず手を差し伸べる事は難しい。
 だけど、パンひとつなら。ほんの小銭程度でいいなら。
 きっと気軽な気持ちで支援してくれるのではないだろうか。
 一人一人の力は弱くとも、数を集めればいい。
 それを取りまとめる組織を作り上げる事ができれば、立派な力となる。

 レイラはお互いを助けあう一族の掟を、一族の輪を飛び出して世界に広げようとしているのだ。
 手紙を読んで、思わず大笑いした日の記憶はまだ新しい。

「とんでもない大仕事さ。だけど、我らの縁を使えば、出来ない事でもないしね」
 長く生きた人生の中で、つないできた縁はたくさんあった。
 その一つ一つに手紙を書き、支援を集め、さらには老体に鞭打って安全な森を飛び出すことを決めた。

「この年になって、新しい事を始めるなんてワクワクするじゃないか」
「はいはい。せめて体壊すような無茶はしないでくれよ?レイラが気にやんじゃうからな」
 暴走する老婆を止める事は一族の誰にもできず、お目付け役を押し付けられたのは直系の孫息子でレイラの義兄だった。

 薬師の才能はないからと早々にそっちの道は諦めて、代わりに一族の薬を流通させるために商人の道を選び修行中だったのだが、旅慣れているのだからと白羽の矢を立てられたのだ。
 また、人の懐に入り込むのが上手く、交渉ごとに向いていると判断されたのも大きかった。




 数年後、立派な支援団体となった組織の取りまとめを押し付けられて、悲鳴をあげる未来を彼はまだ知らない。

< 99 / 124 >

この作品をシェア

pagetop