銀狼騎士は転生悪役令嬢と番になる運命でした
ささやかな祝杯と、見つめ合う距離
【エリーゼ視点】
追手の気配が完全に消えた街路で、私は大きく深呼吸をした。
緊張が解け、少しだけ膝が震えそうになる。
「エリーゼ、大丈夫か?」
レオンがすぐに私の身体を支えてくれた。彼の大きな手が、私の肩を優しく包み込む。
「ええ……大丈夫。私、ちゃんと言えたわ。お兄様に、自分の言葉で」
「ああ、凄かった。お前は本当に、誰よりも強い令嬢だ」
レオンはそう言うと、慈しむような目で私を見つめ、そっと私の右手を両手で包み込んだ。
彼の銀色の耳が、どこか切なげに、けれど愛おしそうに小さく揺れている。
「俺は、お前がその自由な足でどこへ行くのか、ずっと隣で見届けると決めている。だから……焦らなくていい。お前が本当の意味で、過去のすべてを乗り越えて、俺を必要としてくれるまで、俺はずっとここにいる」
レオンの言葉は、私の心を優しく解きほぐしていく。
まだ、私たちは「恋人」という明確な関係ではないかもしれない。お互いの気持ちを、ゆっくり、ゆっくりと温めている最中だ。
けれど、繋がれた手から伝わる温もりは、前世のどんな温熱器具よりも私を芯から温めてくれた。
「ありがとう、レオン。……今日の夕飯は、またあの食堂のシチューにしましょう? 私が、とびきり美味しいお肉をあげるわ」
「……ああ、楽しみにしている」
私たちはどちらからともなく微笑み合い、しっかりと手を繋いだまま、茜色に染まり始めたリベルタの街へと歩き出した。
「おばちゃん、今日もシチューを二つ! あと、焼き立ての黒パンも多めにお願い!」
昨日と同じ大衆食堂の扉を叩くと、店主のふくよかな女性が「はいよ、いらっしゃい!」と威勢よく応えてくれた。
兄・ギルバートを明確に拒絶し、公爵家という名の過去の檻を完全に振り払った日の夜。私はレオンと共に、あの思い出のテーブル席に腰掛けていた。
運ばれてきたシチューは、今日も変わらず温かい湯気と、お腹を鳴らすスパイスの匂いを漂わせている。
「ねえレオン。私、今日はお祝いだから、果実水じゃなくて『お酒』を頼んでみてもいいかしら?」
「酒、か? エリーゼ、お前は前世でも今世でも、酒を飲んだことはないのだろう」
レオンが少し心配そうに銀色の耳をぴくりと動かす。
「ええ。前世ではお薬ばかりだったし、今世でも夜会で形だけの薄いぶどう酒を口に含んだくらいだわ。でもね、こうして自分の力で危機を乗り越えた日の夜に、信頼する人と酌み交わすお酒って、前世の小説で読んでずっと憧れていたの」
私がそう言って微笑むと、レオンは少し困ったように眉を下げたが、「……一杯だけだぞ」と、地元で造られているという琥珀色の軽い果実酒を注文してくれた。
小さな木のコップに注がれたお酒を、そっと口に含む。
「……ん、少し苦いけれど、ほんのり甘くて美味しいわ!」
「そうか。だが、無理をして一気に飲むなよ」
レオンは自分の木コップを軽く私のものに合わせると、美味そうに喉を鳴らしてお酒を飲み干した。その逞しい喉仏の動きや、男らしいフェイスラインを、私はお酒の熱も手伝ってか、いつもよりじっと見つめてしまう。
(本当に、格好いいな……)
まだ、これを「愛している」と言ってしまうには、私の心は自由になったばかりで、どこか臆病だ。けれど、彼の隣にいると、胸の奥がじんわりと、お酒とは違う熱さで満たされていく。ゆっくりでいい。この心地よい距離感を、今はただ、大切に味わいたかった。
追手の気配が完全に消えた街路で、私は大きく深呼吸をした。
緊張が解け、少しだけ膝が震えそうになる。
「エリーゼ、大丈夫か?」
レオンがすぐに私の身体を支えてくれた。彼の大きな手が、私の肩を優しく包み込む。
「ええ……大丈夫。私、ちゃんと言えたわ。お兄様に、自分の言葉で」
「ああ、凄かった。お前は本当に、誰よりも強い令嬢だ」
レオンはそう言うと、慈しむような目で私を見つめ、そっと私の右手を両手で包み込んだ。
彼の銀色の耳が、どこか切なげに、けれど愛おしそうに小さく揺れている。
「俺は、お前がその自由な足でどこへ行くのか、ずっと隣で見届けると決めている。だから……焦らなくていい。お前が本当の意味で、過去のすべてを乗り越えて、俺を必要としてくれるまで、俺はずっとここにいる」
レオンの言葉は、私の心を優しく解きほぐしていく。
まだ、私たちは「恋人」という明確な関係ではないかもしれない。お互いの気持ちを、ゆっくり、ゆっくりと温めている最中だ。
けれど、繋がれた手から伝わる温もりは、前世のどんな温熱器具よりも私を芯から温めてくれた。
「ありがとう、レオン。……今日の夕飯は、またあの食堂のシチューにしましょう? 私が、とびきり美味しいお肉をあげるわ」
「……ああ、楽しみにしている」
私たちはどちらからともなく微笑み合い、しっかりと手を繋いだまま、茜色に染まり始めたリベルタの街へと歩き出した。
「おばちゃん、今日もシチューを二つ! あと、焼き立ての黒パンも多めにお願い!」
昨日と同じ大衆食堂の扉を叩くと、店主のふくよかな女性が「はいよ、いらっしゃい!」と威勢よく応えてくれた。
兄・ギルバートを明確に拒絶し、公爵家という名の過去の檻を完全に振り払った日の夜。私はレオンと共に、あの思い出のテーブル席に腰掛けていた。
運ばれてきたシチューは、今日も変わらず温かい湯気と、お腹を鳴らすスパイスの匂いを漂わせている。
「ねえレオン。私、今日はお祝いだから、果実水じゃなくて『お酒』を頼んでみてもいいかしら?」
「酒、か? エリーゼ、お前は前世でも今世でも、酒を飲んだことはないのだろう」
レオンが少し心配そうに銀色の耳をぴくりと動かす。
「ええ。前世ではお薬ばかりだったし、今世でも夜会で形だけの薄いぶどう酒を口に含んだくらいだわ。でもね、こうして自分の力で危機を乗り越えた日の夜に、信頼する人と酌み交わすお酒って、前世の小説で読んでずっと憧れていたの」
私がそう言って微笑むと、レオンは少し困ったように眉を下げたが、「……一杯だけだぞ」と、地元で造られているという琥珀色の軽い果実酒を注文してくれた。
小さな木のコップに注がれたお酒を、そっと口に含む。
「……ん、少し苦いけれど、ほんのり甘くて美味しいわ!」
「そうか。だが、無理をして一気に飲むなよ」
レオンは自分の木コップを軽く私のものに合わせると、美味そうに喉を鳴らしてお酒を飲み干した。その逞しい喉仏の動きや、男らしいフェイスラインを、私はお酒の熱も手伝ってか、いつもよりじっと見つめてしまう。
(本当に、格好いいな……)
まだ、これを「愛している」と言ってしまうには、私の心は自由になったばかりで、どこか臆病だ。けれど、彼の隣にいると、胸の奥がじんわりと、お酒とは違う熱さで満たされていく。ゆっくりでいい。この心地よい距離感を、今はただ、大切に味わいたかった。