大正恋刺繍 ~押しかけ婿様の寡黙な溺愛~
「瀬田さま、ですか……?」

「ええ。錦華屋の常務をなさっている方。まだお若いけれど、なかなか見る目のある方なのよ」

 瀬田は百貨店の上客である篠田夫人を見かけて挨拶に来たらしい。そのとき、夫人の半襟に目を留めてひとしきり褒め、さらに膝に広げた手巾が半襟と揃いの意匠だと気付いた。

「少し拝見してもよろしいでしょうかと頼まれましてね。近くでじっくり御覧になって、感心したように仰ったの。『これは手()いの日本刺繍ですね』って」

 ハッとして思わずピンと背が伸びる。

「半襟と見比べて、『同じ椿でも花の配置が異なっている。半襟はお顔映りを、手巾はたたんで持つときと膝に広げるときの両方を考えて図案を起こしているのでしょう』って仰ったわ」

 夫人は瀬田の言葉をしかつめらしく再現してみせた。

「それだけじゃないの。これはわたくしひとりのために誂えられたものですねって」

 澄乃は息を呑んだ。

 まさか、そこまで読み取れる人がいるとは思わなかった。

「作り手はどなたかと訊かれたのだけれど、特別にお願いしている方ですから、軽々しく御紹介するわけにはまいりませんわ、と申し上げましたの」

 夫人は得意気に胸を張った。

「そうしたら、『これほどの作り手を見出されるとは、夫人のお目はやはり確かでいらっしゃいますね』なんて、言われてしまって。まぁ、そうでしょうとも。ほほほ」

 どうやら篠田夫人は自尊心と虚栄心を大いにくすぐられたらしい。

「それでね、澄乃さんという方だと、お名前だけ教えて差し上げましたの。かまいませんわよね」

 かまうもかまわないも、すでに教えてしまったのだから後の祭りだ。

 夫人はしれっとして上品にお茶を飲んでいる。立て板に水の勢いで喋って喉が渇いたようだ。澄乃は電鈴(ベル)を鳴らして佐和を呼び、お茶のお代わりを言いつけた。

 佐和が新しい茶と塩羊羹を運んでくる。夫人もようやく一息ついたらしく、先ほどまでの勢いが少し落ち着いた。

「で、瀬田さんが仰ったの。ぜひ一度その方とお話ししたいと」
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