あなたの唇、君の皿ー拗れた片思いのその先にー
**
「て、んきん……?」
「うん」
頷きつつ、陸斗は落ち着かない様子だった。視線が定まらず、ぺろ、と唇を湿らせるように舐めている。
だが美月も、吐き気がしそうなほどの緊張と、とんでもなく早鐘を打つ心臓とを交互に知覚するだけで、いつものようにきゃあっ!なんて思う余裕はない。
「あの……さ、美月は……俺が、ここに……この街に……帰って来なくなったら、寂しい?」
「え」
「……陸上勤務、多分、二年でさ。それで、次は外海洋勤務の船メインに乗るって聞いてる。あっちで色々、国際貨物便の出入管理学べって。三交代制で不規則勤務で、さ。交通の便はよくないし、今までみたいは来れない……気がするって言うか。一週間もまとまって休みは取れないし……それで……」
陸斗の声が、ぼぉっと遠くからの詰まった音に変わっていく。
もう、こんな風に陸斗に会えない? 寂しいに決まっている。陸斗が来る日を、ものすごく楽しみにしていた。ずっとこのままと思っていたのに。
でも、それは「友人」の枠を超えている気がした。友人としての寂しいはどこまでだろう。友人としての距離は……。
「美月……やっぱり……」
ショックで黙り込んだ美月に、陸斗が何かを悟ったような声音になる。
ゾッとした。
バレる。友達でもいられなくなる。誤魔化さなくては。
「あっ、お、めでと……確か昇格のためには陸上勤務もいるんだよね?それに海外は陸斗の憧れだったもんね。すごいよ、おめでとう!!」
ものすごい早口で美月は捲し立て始めた。
「もう!私に寂しいって聞いてどうしたいのよ?好きな人は?その人のためにせっせと帰ってきてたんでしょ?彼女に話した?あ、もしかして彼女も一緒に転勤先に行ってくれるとか?だから……」
もう、帰って来る必要はないって言うの?
もう、美味しいご飯はいらないの?
だが、ひく、と喉の奥が引き攣って続く言葉が出て来ない。自分がどんな顔をしているかわからなくなる。
ただ、目の前で陸斗の口元がものすごく歪んでるのが見えた。
おかしい。視界がぼやけているせいか。
「美月さ、なんで寂しいくらい言ってくれないの?」
ガタンという音がして陸斗が立ち上がった。
そのままこちら側に回ってきた彼が、床には膝をついて美月の膝の上の手を左手で強く掴む。そして、右手で美月の前髪を掻き上げた。突然の接触に、ビクッと美月は震える。
「……泣くくらいなら、素直に言ってよ」
「な……い、てない、けどっ?」
「じゃあこれ何」
陸斗の太い親指がまつ毛に触れると、そこは少し濡れていた。陸斗がペロとその水滴を舐めて、しょっぱ、と呟いた。
そのまま呆然とする美月の顔を覗き込んで、今度は目元を舐めてきた。美月が散々うっとりと見つめていた、その舌で。
「っ、なに?!」
陸斗の肩を押し退け、握られた手を振り払おうとするが、びくともしなかった。
「俺、何回も言ったよな?気のない奴と二人きりになるなって。こういう意味、わかるだろ?」
「何言って……陸斗と私で何があるって……友達でしょ?」
「またそれ……。友達なら誰でも腹減ったって来たらこんな風に作ってやんの?男と?二人きりで?」
する……と陸斗の手が滑って、美月の右手の指の間に指が潜り込んでくる。俗にいう恋人繋ぎだ。
「り、りく……っ」
「違うだろ? 違うって言って」
はっきりした視界で、触れそうなほど近くから覗き込んでくる陸斗の顔は、とてつもなく真剣で、瞳の奥が揺らいでいる。凛々しい眉がちょっと下がっていた。
遠いあの雨の日の光景が急にフラッシュバックした。
引っ叩いたあとの、陸斗はこんな顔をしていた気がする。
まるで、泣きそうな……。
「美月が個人的に食べさせるのは、俺だけって言って。口舐めるの熱心に見るのは、俺だけって自惚れさせて」
「な……っ」
突然の指摘に、かぁあああっと頭に血が上る音が聞こえた。ぶわっと首から変な汗が噴き出てきた気がする。
(バレてる!!)
「真っ赤」
「いやっ、それはっ、え、あっ、その、だ、男性の、好きな仕草……ふぇ、ふぇちってやつで……ち、違う、ちょっと待って、あの」
「フェチって……それ、俺じゃなくてもいいってこと? 誰彼構わずあんな目で見るのか?」
「あ、あんな目……っ?」
「えっろい目。誘ってる」
「えろ……?」
先ほどと違う意味でジワリと美月の瞳に涙の膜が張る。
いかがわしい目で「友人」を見ていたとバレていた。
もう終わりだ。そう薄情言わずに、たまには帰ってきなよなんて、もう言えない。
「……違うよな。俺にだけだよな? 」
答えを求める陸斗は何をさせたいのだろう。美月はキッと睨んだ。
「関係ないでしょ……!」
「関係ある。ずっと好きな人に、俺のこと好きだって自覚してもらって、夢は一旦置いておいても転勤についてきてって、今から説得しなきゃいけないんだから」
何故、今それを言うのか。
胸が痛んだ。尖ってもいない棒をぐりぐりとひたすらに ねじ込んで残酷に抉られた気がする。
「り、陸斗の好きな人も私は関係な……」
「っ、鈍すぎだろ!俺が好きなのは美月だ!ずっと、ずっと、お前だけが好きだった!」
陸斗の声が二人きりの店内に強くこだました。
「て、んきん……?」
「うん」
頷きつつ、陸斗は落ち着かない様子だった。視線が定まらず、ぺろ、と唇を湿らせるように舐めている。
だが美月も、吐き気がしそうなほどの緊張と、とんでもなく早鐘を打つ心臓とを交互に知覚するだけで、いつものようにきゃあっ!なんて思う余裕はない。
「あの……さ、美月は……俺が、ここに……この街に……帰って来なくなったら、寂しい?」
「え」
「……陸上勤務、多分、二年でさ。それで、次は外海洋勤務の船メインに乗るって聞いてる。あっちで色々、国際貨物便の出入管理学べって。三交代制で不規則勤務で、さ。交通の便はよくないし、今までみたいは来れない……気がするって言うか。一週間もまとまって休みは取れないし……それで……」
陸斗の声が、ぼぉっと遠くからの詰まった音に変わっていく。
もう、こんな風に陸斗に会えない? 寂しいに決まっている。陸斗が来る日を、ものすごく楽しみにしていた。ずっとこのままと思っていたのに。
でも、それは「友人」の枠を超えている気がした。友人としての寂しいはどこまでだろう。友人としての距離は……。
「美月……やっぱり……」
ショックで黙り込んだ美月に、陸斗が何かを悟ったような声音になる。
ゾッとした。
バレる。友達でもいられなくなる。誤魔化さなくては。
「あっ、お、めでと……確か昇格のためには陸上勤務もいるんだよね?それに海外は陸斗の憧れだったもんね。すごいよ、おめでとう!!」
ものすごい早口で美月は捲し立て始めた。
「もう!私に寂しいって聞いてどうしたいのよ?好きな人は?その人のためにせっせと帰ってきてたんでしょ?彼女に話した?あ、もしかして彼女も一緒に転勤先に行ってくれるとか?だから……」
もう、帰って来る必要はないって言うの?
もう、美味しいご飯はいらないの?
だが、ひく、と喉の奥が引き攣って続く言葉が出て来ない。自分がどんな顔をしているかわからなくなる。
ただ、目の前で陸斗の口元がものすごく歪んでるのが見えた。
おかしい。視界がぼやけているせいか。
「美月さ、なんで寂しいくらい言ってくれないの?」
ガタンという音がして陸斗が立ち上がった。
そのままこちら側に回ってきた彼が、床には膝をついて美月の膝の上の手を左手で強く掴む。そして、右手で美月の前髪を掻き上げた。突然の接触に、ビクッと美月は震える。
「……泣くくらいなら、素直に言ってよ」
「な……い、てない、けどっ?」
「じゃあこれ何」
陸斗の太い親指がまつ毛に触れると、そこは少し濡れていた。陸斗がペロとその水滴を舐めて、しょっぱ、と呟いた。
そのまま呆然とする美月の顔を覗き込んで、今度は目元を舐めてきた。美月が散々うっとりと見つめていた、その舌で。
「っ、なに?!」
陸斗の肩を押し退け、握られた手を振り払おうとするが、びくともしなかった。
「俺、何回も言ったよな?気のない奴と二人きりになるなって。こういう意味、わかるだろ?」
「何言って……陸斗と私で何があるって……友達でしょ?」
「またそれ……。友達なら誰でも腹減ったって来たらこんな風に作ってやんの?男と?二人きりで?」
する……と陸斗の手が滑って、美月の右手の指の間に指が潜り込んでくる。俗にいう恋人繋ぎだ。
「り、りく……っ」
「違うだろ? 違うって言って」
はっきりした視界で、触れそうなほど近くから覗き込んでくる陸斗の顔は、とてつもなく真剣で、瞳の奥が揺らいでいる。凛々しい眉がちょっと下がっていた。
遠いあの雨の日の光景が急にフラッシュバックした。
引っ叩いたあとの、陸斗はこんな顔をしていた気がする。
まるで、泣きそうな……。
「美月が個人的に食べさせるのは、俺だけって言って。口舐めるの熱心に見るのは、俺だけって自惚れさせて」
「な……っ」
突然の指摘に、かぁあああっと頭に血が上る音が聞こえた。ぶわっと首から変な汗が噴き出てきた気がする。
(バレてる!!)
「真っ赤」
「いやっ、それはっ、え、あっ、その、だ、男性の、好きな仕草……ふぇ、ふぇちってやつで……ち、違う、ちょっと待って、あの」
「フェチって……それ、俺じゃなくてもいいってこと? 誰彼構わずあんな目で見るのか?」
「あ、あんな目……っ?」
「えっろい目。誘ってる」
「えろ……?」
先ほどと違う意味でジワリと美月の瞳に涙の膜が張る。
いかがわしい目で「友人」を見ていたとバレていた。
もう終わりだ。そう薄情言わずに、たまには帰ってきなよなんて、もう言えない。
「……違うよな。俺にだけだよな? 」
答えを求める陸斗は何をさせたいのだろう。美月はキッと睨んだ。
「関係ないでしょ……!」
「関係ある。ずっと好きな人に、俺のこと好きだって自覚してもらって、夢は一旦置いておいても転勤についてきてって、今から説得しなきゃいけないんだから」
何故、今それを言うのか。
胸が痛んだ。尖ってもいない棒をぐりぐりとひたすらに ねじ込んで残酷に抉られた気がする。
「り、陸斗の好きな人も私は関係な……」
「っ、鈍すぎだろ!俺が好きなのは美月だ!ずっと、ずっと、お前だけが好きだった!」
陸斗の声が二人きりの店内に強くこだました。