『君と見つけた、春色の約束』

第六章 すれ違う心

 夏祭りから数日。

 大学は前期試験を控え、キャンパス全体がどこか慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 図書館はレポートを書く学生で埋まり、学食では参考書を片手に昼食を取る姿があちこちで見られる。

 そんな中でも、陽斗と美緒は顔を合わせれば挨拶を交わした。

 けれど――。

 以前のように笑い合う時間は、少しずつ減っていた。

 ◇

「神崎くん、おはよう!」

 朝、キャンパスで声を掛けられる。

 振り返ると、美緒がいつもの笑顔で立っていた。

「おはよう。」

 陽斗も笑顔を作る。

 だが、その笑顔はどこかぎこちなかった。

「今日のお昼、一緒にどう?」

「ごめん。図書館でレポート終わらせたいんだ。」

「あっ……そっか。」

 一瞬だけ、美緒の表情が曇る。

「じゃあ、またあとでね。」

「うん。」

 去っていく後ろ姿を見送りながら、陽斗は胸を押さえた。

(……逃げてる。)

 本当はレポートなんて後回しでもよかった。

 美緒と一緒にいたら、また蓮先輩のことを考えてしまう。

 だから距離を置こうとした。

 好きだからこそ、苦しくなる。

 そんな自分が嫌だった。

 ◇

 一方、美緒もまた戸惑っていた。

「私、何かしちゃったのかな……。」

 大学の中庭で一人スケッチブックを開いても、鉛筆はなかなか進まない。

「朝比奈。」

 声を掛けてきたのは蓮だった。

「元気ないな。」

「そんなことないですよ。」

「嘘つけ。」

 蓮はベンチに腰掛ける。

「神崎くんと何かあった?」

 その名前を聞いた瞬間、美緒は小さくうつむいた。

「最近、避けられてる気がして……。」

「避けられてる?」

「前は毎日一緒だったのに。」

 蓮は少しだけ考え込む。

「たぶん、それは逆だ。」

「え?」

「避けたいんじゃなくて、近づきたいのに近づけないんだろ。」

「どういうことですか?」

 蓮は苦笑する。

「男って、案外不器用なんだ。」

 その言葉の意味を、美緒はまだ理解できなかった。

 ◇

 その日の夕方。

 陽斗は図書館でレポートを書き終え、外へ出た。

 すると、突然空が暗くなる。

「……雨?」

 ポツリ。

 ポツリ。

 やがて激しい夕立になった。

「うわっ!」

 急いで軒下へ駆け込む学生たち。

 陽斗も校舎の入り口で雨宿りをする。

「神崎くん!」

 聞き慣れた声。

 振り返ると、美緒が小さな折りたたみ傘を持って立っていた。

「よかった、見つけた。」

「美緒。」

「傘、一緒に入ろ?」

「でも小さいよ。」

「くっつけば大丈夫。」

 そう言って笑う。

 断れず、二人は一本の傘に入った。

 肩が触れそうな距離。

 雨音だけが静かに響く。

「……ねぇ。」

 美緒が小さく口を開く。

「私、何かした?」

「え?」

「最近、前みたいに話してくれないから。」

 陽斗は返事に困った。

「違う。」

「じゃあ、どうして?」

 美緒の声は震えていた。

 傷ついているのが伝わってくる。

「俺が悪いだけ。」

「理由になってないよ。」

「……。」

 沈黙。

 雨だけが降り続く。

 陽斗は何度も言葉を飲み込んだ。

 本当は全部話したい。

 蓮先輩が気になること。

 嫉妬していること。

 好きだから苦しいこと。

 でも。

(もし言って、困らせたら。)

 その一歩が踏み出せない。

「ごめん。」

 結局、それしか言えなかった。

 美緒は寂しそうに笑う。

「謝らないで。」

 その笑顔は、今にも泣き出しそうだった。

 ◇

 翌日。

 大学の掲示板には、大きなポスターが貼り出されていた。

『大学祭実行委員 募集!』

 美緒はポスターを見つめながらつぶやく。

「神崎くんと一緒にできたら……。」

 そのとき、背後から聞き慣れた声がした。

「朝比奈さん。」

 振り返ると、陽斗だった。

 二人は一瞬だけ目を合わせる。

 どちらも何かを言いたそうなのに、言葉が出てこない。

 すると実行委員の学生が二人に近づいてきた。

「二人とも、ちょうどよかった! 人手が足りなくてさ。」

「え?」

「よかったら一緒に実行委員やってくれない?」

 思いがけない誘いに、陽斗と美緒は顔を見合わせた。

 気まずい空気のまま、それでも二人はほぼ同時に答える。

「「……やります。」」

 その瞬間、お互いに思わず吹き出した。

 ほんの少しだけ、以前のような笑顔が戻る。

 大学祭――。

 それは、すれ違い始めた二人の距離を、もう一度近づける大切な舞台になるのだった。
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