『君と見つけた、春色の約束』

第七章 学園祭の奇跡

 十月。

 夏の暑さは過ぎ去り、キャンパスは金色に色づき始めていた。

 大学祭まで、あと二週間。

 実行委員になった陽斗と美緒は、毎日のように準備に追われていた。

「このポスター、こっちの方が目立つかな?」

 美緒が画用紙を持ち上げる。

「うん。その文字の色なら遠くからでも見やすいと思う。」

「やっぱり神崎くん、センスいいね。」

「いや、美緒のデザインがいいだけだよ。」

「ふふっ。」

 美緒は嬉しそうに笑った。

 その笑顔を見ていると、陽斗の胸は自然と温かくなる。

 ぎこちなかった二人の距離は、大学祭の準備を通して少しずつ元に戻っていた。

 ◇

 ある日の夕方。

 作業が終わる頃には、教室には二人だけになっていた。

「疲れたねぇ。」

 美緒は椅子にもたれかかり、大きく伸びをする。

「今日はだいぶ進んだね。」

「神崎くんが手伝ってくれたから。」

「俺一人じゃ何もできなかったよ。」

「そんなことない。」

 美緒は真っすぐ陽斗を見つめる。

「神崎くんがいると安心するの。」

 その言葉に、陽斗の心臓が大きく跳ねた。

「安心……?」

「うん。」

 少し照れたように笑う美緒。

「最初は静かな人だなって思ってた。でも今は、一番頼れる人。」

 陽斗は思わず視線をそらした。

 こんなに嬉しい言葉をもらったのは、初めてだった。

「……ありがとう。」

「こちらこそ。」

 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

 ◇

 大学祭当日。

 キャンパスには多くの来場者が訪れ、大きな賑わいを見せていた。

 屋台から漂うソースの香り。

 ステージでは軽音楽サークルが演奏し、あちこちから笑い声が聞こえる。

「神崎くん!」

 美緒が手を振りながら駆け寄ってくる。

 今日は実行委員の腕章をつけ、髪をポニーテールにまとめていた。

「お客さん、すごいね!」

「去年より多いらしいよ。」

「成功しそう!」

 二人は顔を見合わせ、笑った。

 その時だった。

 会場のスピーカーから突然、大きな雑音が響いた。

 ブツッ——。

「え?」

 続いて照明が消える。

 ステージも模擬店も、一斉にざわつき始めた。

「停電?」

 実行委員たちは慌てて走り回る。

「ブレーカーを確認して!」

「誘導お願いします!」

 会場は一気に混乱した。

「神崎くん!」

「美緒!」

 二人はほぼ同時に駆け出した。

 陽斗は来場者を安全な場所へ誘導し、美緒は迷子になった子どもを保護する。

 十分ほどして、ようやく電気が復旧した。

 大きな拍手が起こる。

「よかったぁ……。」

 美緒はその場に座り込み、大きく息をついた。

「怪我は?」

 陽斗が駆け寄る。

「私は大丈夫。」

「本当に?」

「うん。」

 その瞬間。

 美緒の足がふらついた。

「危ない!」

 陽斗はとっさに美緒の腕をつかみ、そのまま抱き寄せる形になった。

 二人の距離は、あと数センチ。

 美緒の長いまつ毛。

 優しい瞳。

 少しだけ赤くなった頬。

 お互いの鼓動が聞こえてしまいそうなほど近かった。

「……ありがとう。」

 小さな声。

「無事でよかった。」

 陽斗も自然と言葉がこぼれる。

 その時だった。

「……やっぱり。」

 二人の後ろから声がした。

 振り向くと、蓮が立っていた。

 穏やかな笑顔を浮かべながら、二人を見つめている。

「蓮先輩?」

 美緒が首をかしげる。

 蓮はゆっくりと陽斗の前まで歩いてきた。

「神崎くん。」

「はい。」

 少しだけ緊張が走る。

 しかし蓮は優しく笑った。

「美緒のこと、好きだろ?」

「……!」

 陽斗は息をのんだ。

 言葉が出ない。

「図星みたいだね。」

 蓮は苦笑しながら続ける。

「安心して。」

「え?」

「俺は美緒の幼なじみなんだ。」

「幼なじみ……?」

「妹みたいな存在。恋愛感情なんてないよ。」

 陽斗は目を見開いた。

 ずっと胸を締めつけていた不安が、一瞬でほどけていく。

「それに。」

 蓮は美緒へ目を向け、優しく笑った。

「美緒が誰を見て笑ってるかくらい、昔から分かる。」

 美緒は驚いたように蓮を見る。

「先輩……。」

「ちゃんと伝えないと、後悔するぞ。」

 その言葉だけを残し、蓮は軽く手を振って人混みの中へ消えていった。

 夕焼けに染まるキャンパス。

 残された二人の間に、静かな沈黙が流れる。

 陽斗はポケットの中へ手を入れた。

 夏祭りの日から、ずっと渡せずにいた小さな箱。

 桜模様のヘアピン。

 今日こそ渡そう。

 そう決意した、その時。

「神崎くん。」

 美緒が先に口を開いた。

「大学祭が終わったら……話したいことがあるの。」

 真剣な表情だった。

「うん。」

「絶対、聞いてね。」

 陽斗は力強くうなずく。

「約束する。」

 二人は夕焼けのキャンパスを並んで歩き始めた。

 すれ違いは終わりを迎えようとしている。

 そして、二人の恋は、いよいよ大きく動き出す──。
< 7 / 10 >

この作品をシェア

pagetop