完璧すぎる彼氏

「知らない蒼真」

第7話 「知らない蒼真」

「花音さんですよね?」

昼休み。

会社の近くのカフェへ向かおうとした花音は、一人の女性に声をかけられた。

上品なベージュのスーツを着た、四十代くらいの女性。

「はい……。」

「突然ごめんなさい。少しだけ、お時間をいただけませんか?」

穏やかな口調に警戒心はなかった。

近くのカフェへ入り、向かい合って座る。

女性はコーヒーを一口飲み、小さく微笑んだ。

「私は桐谷家で長年働いている、高橋と申します。」

「桐谷家……?」

「蒼真様が高校生の頃から、お世話をしています。」

花音は思わず背筋を伸ばした。

「蒼真さんが、お世話になっている方なんですね。」

「ええ。でも今日は、お願いがあって来ました。」

「お願い……ですか?」

高橋は少しだけ表情を曇らせる。

「あの方は、無理をしすぎます。」

「え?」

「昔から、人に頼ることが苦手なんです。」

その言葉に、花音は昨夜のことを思い出した。

疲れているはずなのに、いつも笑っている蒼真。

どんな時も弱音を吐かない蒼真。

「完璧に見えるでしょう?」

高橋は優しく笑った。

「ですが、本当は誰よりも不器用なんです。」

花音は静かに耳を傾ける。

「蒼真様は、子どもの頃から『頑張れば愛される』と信じて生きてきました。」

胸が小さく痛む。

「今でも、自分が休むより、人を優先します。」

「……。」

「花音さん。」

高橋はまっすぐ花音を見つめた。

「あの方を、少しだけ甘えさせてあげてください。」

その一言が、花音の胸に深く残った。

帰り道。

花音は蒼真とのメッセージを開く。

『今日は迎えに行くね。』

たった一行。

いつもと変わらない言葉なのに、今日は違って見えた。

迎えに来てくれる。

心配してくれる。

笑顔で隣にいてくれる。

それは蒼真にとって、「当たり前」ではなく、「努力して手に入れた幸せ」なのかもしれない。

その頃、蒼真は会議室で資料を閉じていた。

「社長、今日はもうお帰りください。」

社員が心配そうに声をかける。

「昨日も一昨日も終電だったじゃないですか。」

蒼真は静かに笑う。

「大丈夫。」

そう答えながら、机の引き出しを開ける。

そこには、小さな四つ葉のしおりが一枚。

学生時代、花音が何気なく渡してくれたものだった。

蒼真はそっと手に取り、小さく微笑む。

「約束したからな。」

誰にも聞こえないその言葉は、昔の自分に向けた誓いだった。
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