完璧すぎる彼氏

父が知る約束

第8話 「父が知る約束」

その日の夕方。

「今日は少し寄り道してもいい?」

運転席の蒼真が穏やかに尋ねた。

「もちろん。」

車が向かったのは、街外れにある一軒の日本家屋だった。

庭には四季折々の花が咲き、手入れの行き届いた落ち着いた雰囲気が漂っている。

「ただいま。」

玄関を開けると、一人の男性が笑顔で迎えてくれた。

「おかえり、蒼真。」

年齢は六十歳前後。

落ち着いた眼差しと優しい笑顔が印象的だった。

「こちらが花音さんかな。」

「は、初めまして。」

花音が頭を下げると、男性は穏やかに微笑んだ。

「初めまして。父の桐谷誠一です。」

花音は驚く。

大企業の経営者とは思えないほど、物腰の柔らかな人だった。

食卓には、手料理が並んでいた。

「今日は花音さんが来ると聞いてね。」

「ありがとうございます。」

三人で食事をしながら、誠一は蒼真を優しく見つめる。

「昔から変わらないな。」

「何が?」

「人のためなら、自分を後回しにするところだ。」

蒼真は照れくさそうに笑うだけだった。

食後、蒼真が電話で席を外す。

その間、誠一は静かに口を開いた。

「花音さん。」

「はい。」

「蒼真は……昔、とても寂しい思いをしました。」

花音は思わず顔を上げる。

「もっと早く迎えに行けていたらと、今でも後悔しています。」

その声には、自分を責め続けてきた父親の苦しみがにじんでいた。

「でも、あの子は私を責めませんでした。」

誠一は小さく笑う。

「『お父さんが来てくれただけで十分だよ。』そう言ってくれたんです。」

花音の胸が締めつけられる。

どれほど苦しい過去を歩んできたのだろう。

「それからの蒼真は、人が変わったように勉強しました。」

大学では宅建の資格を取り、朝から晩まで働き、誰よりも努力していました。

私は何度も言ったんです。

『会社を継いでくれればいい』と。

でも、あの子は笑って答えました。

『自分で会社を作る。』

『誰かが安心して帰れる家を増やしたい。』

その言葉を聞いたとき、私はあの子が過去を乗り越えようとしているのだと分かりました。」

花音は静かに目を潤ませる。

「……優しい人なんですね。」

誠一は首を横に振った。

「優しすぎるんです。」

その一言には、父親だからこその心配が込められていた。

「花音さん。」

「はい。」

「蒼真を支えてあげてください。」

「え……。」

「今のあの子には、あなたが必要なんです。」

その時だった。

「何を話してるの?」

振り返ると、蒼真が優しく笑って立っていた。

誠一は何事もなかったように湯のみを持ち上げる。

「いや、お前の自慢を少しな。」

「やめてくださいよ。」

照れくさそうに笑う蒼真を見て、花音は初めて思った。

この人は、一人で強くなったわけじゃない。

傷つきながらも、人の優しさを信じ続けてきた人なんだ。

そして私はまだ知らない。

蒼真が、学生時代からずっと私だけを想い続けていた、その本当の理由を。
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