偽装結婚の相手は疑い深い脳外科医でした
「なに言ってるのよ。病院からあれだけ近くに住んでるのに、そんな必要ないじゃない。第一、事務所から徒歩五分のここなら咲良ちゃんの通勤もラクラク。もってこいでしょ。少し前に偶然再会した時に家と仕事を探してるって聞いて、うちに越してきてってお願いしたのよ」

「ちゃんと考えたのか? 人がいいのもいい加減にした方がいいって何度も言ってるのに、また――」

「それより、どうして遥人がここに来てるの? 私になにか用?」

彩子は遥人の言葉を遮り、肩を竦めた。

「……なにか用?」

遥人は彩子の問いにぽかんとし、そのまま大きく息を吐き出した。

「あれだよ、あれ」

「あれ?」

遥人の視線をたどると、リビングの片隅に小ぶりのスーツケースが置かれている。

「スーツケースが壊れたから貸してくれって言ってきただろ? 前にここに忘れた本を回収したいからこっちに持っていくって、朝メッセージを入れたけど?」

「え、そうなの?」

彩子が慌ててスマホを確認する。

「朝からバタバタしてたから気が付かなかった。ごめんねー。でも、助かった」

「明日から北海道だって言ってたな」

遥人はチラリと咲良に視線を向けた。
さっき咲良の口からも北海道の話が出たことを思い出したのかもしれない。

「うちの顧客が北海道でオーベルジュを始めるんだけどね、プレオープンのパーティーに招待されたからお祝いしてこようと思って。そうだ、今年の事務所の慰安旅行は北海道でもいいわね」

「慰安旅行? そんなのあるんですか?」

今まで馴染みのなかった言葉に、咲良はつい口を挟んだ。

「ふふっ。総勢六人の小さな事務所だけど、福利厚生だけは大手に負けないわよ」

「それはよーくわかってます。それに感謝もしてます」

< 14 / 26 >

この作品をシェア

pagetop