片想いが終わる頃、恋が始まる。
───あの日を境に、俺の生活のすべては彼女を中心に回り始めた。
どうすればもっと、翡翠に気に入ってもらえるか……それだけを考えて過ごす日々。
『紺、変わったね』
そんな彼女の言葉を、曖昧にはぐらかして。
『翡翠の方が大事だし』
『翡翠が傷ついていたら、それを癒す───それが、俺の仕事だから。』
彼女の前でだけ都合のいい理想の人間を演じ、本心を隠して優しい嘘を重ねていく。
自分でも反吐が出るほどずるい男だと思う。
……それでも、翡翠のいない未来なんて、俺には到底受け入れられなくて。
引き返せない嘘を幾重にも重ねていくうちに、いつしか胸の奥で、身の程知らずな願いが芽生え始めていた。
──もしかしたら、俺にもチャンスがあるんじゃないか、という、愚かで淡い期待。
───そして、その瞬間は最悪の形で、唐突に訪れた。
仕事の進捗状況を組長に報告しに行った帰り、"たまたま"廊下で翡翠を見つけて。
"たまたま"葵が密会しているとも思える現場を目撃して傷ついていた翡翠。
狙ったわけでもないのに、目の前に転がり込んできた千載一遇の好機に。
──なるべく、葵と俺を比較させて。
俺の方がいいと、彼女に選んでもらえるように。
傷ついた翡翠の心を埋めるように、俺は自分の存在を優しく刷り込んでいった。
腕の中で震える翡翠の気持ちが、ゆっくりと俺の方へ揺らいでいく確かな手応えに。
───勝った、と思った。
……そして、
最後のダメ押しに、自分の中に眠っていた気持ちを全てさらけ出そうとした、その刹那。
空気を切り裂くような低い声が、俺たちの時間を止めた。
『───何してんだ、お前ら』