恋も料理もじっくり弱火で
調理部に入部して、数日。
新しいクラスにもすっかり馴染み、休み時間の教室には笑い声が絶えなくなっていた。
「ねぇ柚葉、この問題の解き方教えてー」
「いいよ! ここはね……」
結菜と教科書を広げて賑やかに話しているうちに、あっという間に四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「お昼だー!」
結菜が思いきり両手を上げて伸びをした。斜め前の席から真帆も振り返る。
「柚葉、今日もお母さんのお弁当?」
「ううん」
柚葉は、待ってましたとばかりに机の奥から小銭入れを取り出した。
「今日は購買! 購買部のおばちゃん一押しの、新作焼きそばパンが今日から発売らしいの!」
「出た、食べ物の情報だけはプロ並みに早いやつ」
「えへへ、購買へ急げー!」
三人で廊下へ出ると、昼休みの校舎はすでにお腹を空かせた生徒達でごった返していた。「急がないと売り切れる!」と柚葉が足早に歩き出した、その時だった。
「あ」
前方から歩いてくる人影に気づき、柚葉はぴたりと足を止める。
制服の白いワイシャツの袖を無造作にまくり、数人の男子生徒に囲まれながら楽しげに話している先輩。柚葉の顔がぱっと明るくなった。
「秋月先輩!」
その声に、中央にいた秋月が顔を上げる。
「あ、柚葉ちゃん」
秋月は、それまで男友達に向けていたものとは違う、一段と柔らかい笑みをその目元に浮かべた。
「こんにちは、先輩!」
「こんにちは。調理部、少しは慣れた?」
「はい! 先輩達も優しいし、すっごく楽しいです!」
「それならよかった。じゃあ、また放課後にね」
秋月はそう言って、軽く手を挙げて男子達の中へと戻っていく。
「はい! また放課後!」
柚葉も笑顔で大きく手を振り返した。その背中が廊下の向こうへ消えた、まさにその瞬間。
「……え。ちょっと待って」
隣から、心臓が止まったような声が聞こえた。柚葉は首を傾げて振り返る。
「どうしたの、結菜?」
結菜と真帆は、あり得ないものを見たと言わんばかりに目を丸くして固まっていた。
「今の……、三年の秋月先輩、だよね?」
「うん。私の入った調理部の先輩だよ?」
「いや、それは聞いてたけどさ!」
結菜がガタッと柚葉の肩を掴んで揺さぶった。
「秋月先輩って、調理部の部長だよ!? しかも、この学校の女子で知らない人はいないくらい超有名人!」
「そうなの?」
「そうだよ!」
真帆も身を乗り出してヒソヒソ声でまくしたてる。
「ファンクラブがあるって噂だし、文化祭なんて秋月先輩が作るお菓子目当てで、調理部に女子が長蛇の列を作るんだから!」
柚葉はきょとんと目を瞬かせた。脳裏に浮かぶのは、自分に「味見係」と言って優しいオムライスやオムレツを差し出してくれた、あのエプロン姿の先輩だ。
「へぇ。でも、普通に気さくで、優しい先輩だよ?」
その一言に、結菜と真帆は同時に深い溜息を吐き、降参したように肩を竦めた。
「はぁ……。そういう問題じゃないんだけどなぁ……」
周囲の女子達がどれほど羨む状況なのか。当の本人の頭の中は、今にも売り切れそうな新作焼きそばパンのことで頭がいっぱいで、特別な視線にはこれっぽっちも気づいていなかった。
新しいクラスにもすっかり馴染み、休み時間の教室には笑い声が絶えなくなっていた。
「ねぇ柚葉、この問題の解き方教えてー」
「いいよ! ここはね……」
結菜と教科書を広げて賑やかに話しているうちに、あっという間に四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響く。
「お昼だー!」
結菜が思いきり両手を上げて伸びをした。斜め前の席から真帆も振り返る。
「柚葉、今日もお母さんのお弁当?」
「ううん」
柚葉は、待ってましたとばかりに机の奥から小銭入れを取り出した。
「今日は購買! 購買部のおばちゃん一押しの、新作焼きそばパンが今日から発売らしいの!」
「出た、食べ物の情報だけはプロ並みに早いやつ」
「えへへ、購買へ急げー!」
三人で廊下へ出ると、昼休みの校舎はすでにお腹を空かせた生徒達でごった返していた。「急がないと売り切れる!」と柚葉が足早に歩き出した、その時だった。
「あ」
前方から歩いてくる人影に気づき、柚葉はぴたりと足を止める。
制服の白いワイシャツの袖を無造作にまくり、数人の男子生徒に囲まれながら楽しげに話している先輩。柚葉の顔がぱっと明るくなった。
「秋月先輩!」
その声に、中央にいた秋月が顔を上げる。
「あ、柚葉ちゃん」
秋月は、それまで男友達に向けていたものとは違う、一段と柔らかい笑みをその目元に浮かべた。
「こんにちは、先輩!」
「こんにちは。調理部、少しは慣れた?」
「はい! 先輩達も優しいし、すっごく楽しいです!」
「それならよかった。じゃあ、また放課後にね」
秋月はそう言って、軽く手を挙げて男子達の中へと戻っていく。
「はい! また放課後!」
柚葉も笑顔で大きく手を振り返した。その背中が廊下の向こうへ消えた、まさにその瞬間。
「……え。ちょっと待って」
隣から、心臓が止まったような声が聞こえた。柚葉は首を傾げて振り返る。
「どうしたの、結菜?」
結菜と真帆は、あり得ないものを見たと言わんばかりに目を丸くして固まっていた。
「今の……、三年の秋月先輩、だよね?」
「うん。私の入った調理部の先輩だよ?」
「いや、それは聞いてたけどさ!」
結菜がガタッと柚葉の肩を掴んで揺さぶった。
「秋月先輩って、調理部の部長だよ!? しかも、この学校の女子で知らない人はいないくらい超有名人!」
「そうなの?」
「そうだよ!」
真帆も身を乗り出してヒソヒソ声でまくしたてる。
「ファンクラブがあるって噂だし、文化祭なんて秋月先輩が作るお菓子目当てで、調理部に女子が長蛇の列を作るんだから!」
柚葉はきょとんと目を瞬かせた。脳裏に浮かぶのは、自分に「味見係」と言って優しいオムライスやオムレツを差し出してくれた、あのエプロン姿の先輩だ。
「へぇ。でも、普通に気さくで、優しい先輩だよ?」
その一言に、結菜と真帆は同時に深い溜息を吐き、降参したように肩を竦めた。
「はぁ……。そういう問題じゃないんだけどなぁ……」
周囲の女子達がどれほど羨む状況なのか。当の本人の頭の中は、今にも売り切れそうな新作焼きそばパンのことで頭がいっぱいで、特別な視線にはこれっぽっちも気づいていなかった。