恋も料理もじっくり弱火で
包丁を握る手にも少しずつ慣れ始め、柚葉は教わった「猫の手」を守りながら野菜を切り進めていく。
「よし……!」
じゃがいも、にんじん、玉ねぎ。最初は不揃いだった大きさも、意識すると綺麗に揃うようになってきた。
「緒方ちゃん、すごく上手になってる!」
「ほんとですか!?」
「うん。さっきより刃の入れ方が全然いいよ」
先輩に褒められた柚葉は、ぱっと大輪の向日葵が咲いたように表情を明るくする。
「やったぁ!」
その嬉しそうな様子を横目で見ていた秋月は、小さく口元を綻ばせると、自分の担当である大鍋の前へと戻っていった。
頼もしい背中を見送りながら、柚葉はもう一度まな板へ向き直る。
(もっと上手になりたいな)
料理の腕が上がれば、それだけ自分自身の力で「最高の美味しい」を生み出せる。そう想像するだけで、胸が小躍りした。
やがて、全ての具材が大きな鍋へ投入され、コトコトと心地いい音が調理室に響き始める。
醤油と砂糖、みりんが合わさった、あの日本人の DNA を刺激する甘じょっぱい香りが部屋いっぱいに広がると、柚葉の胃袋が限界を訴えるように、ぐぅ、と正直な音を鳴らした。
「……あ」
思わずお腹を押さえる。案の定、近くにいた先輩が吹き出した。
「ふふ、緒方ちゃん、もうお腹が空いちゃったの?」
「だって、お出汁のいい匂いが容赦なく鼻を擽ってくるんですもん……」
恥ずかしそうに頬をかく柚葉に、周囲の調理台からもどっと温かい笑いが起こる。
「緒方ちゃんって、表情が豊かで本当に見てて飽きないね」
「えっと、ありがとうございます……?」
「うん、最大級の褒め言葉だよ」
照れ笑いを浮かべながらも、柚葉の視線は鍋に釘付けだ。早く完成しないかと、もはや待ちきれない様子で鼻をひくひくさせている。
「じゃあ、そろそろ火を止めて少し味をなじませよう」
絶妙なタイミングで、秋月のよく通る声が響いた。
「その間に盛り付けの準備をしてね」
『はーい!』
班のみんなで協力して、手際よく器へ盛り付けていく。
つやつやとタレを纏ったほくほくのじゃがいも。芯まで味が染み込んでいそうなにんじん。程よく脂ののった照りのある牛肉。最後に彩りとして鮮やかな緑のさやいんげんを添えると、完璧な家庭的肉じゃがが完成した。
「できた……!」
「美味しそう!」
あちこちのテーブルから歓声が上がる。柚葉は待ちきれないとばかりに両手を合わせ、目をきらきらと輝かせた。
「いただきます!」
まずは主役のじゃがいもを一口。
舌の上でほくっと優しく崩れた瞬間、じっくり染み込んだお出汁の旨味と優しさがじゅわぁっと広がっていく。
「んー!」
あまりの至福に、思わず両手で頬を包み込んだ。
「中までちゃんと味が染みてます! 自分で作ったから、いつもの何倍もお腹に染みる気がします!」
幸せを絵に描いたようなその笑顔に、向かいの席の先輩達もつられて目元を和らげる。
「緒方ちゃんの『おいしい』を聞いてると、作ったこっちまで嬉しくなっちゃうな」
「ほんとほんと。毎日作ってあげたくなっちゃうよね」
先輩達の言葉を受け流すほど、柚葉は夢中で肉じゃがを頬張り続けた。
一口食べるたびに、眉が下がったり、目が丸くなったりと表情がころころ変わる。その姿は、見ている側の心まで満たしてしまう不思議な魅力があった。
少し離れた場所から、その様子を静かに見つめていた秋月は、ふっと目を細める。
「部長」
隣で食器を片付けていた男子部員が、ニヤニヤしながら小声で話しかけてきた。
「あの子のこと、結構お気に入り?」
「……何が?」
「いや、一年の緒方。さっきから、めちゃくちゃ優しい目で見てるじゃないですか」
直球の指摘に、秋月は一瞬だけ言葉を詰まらせ、すぐに苦笑して首を横に振った。
「……包丁の手元が危なっかしかったから、指導しただけだよ」
「ふーん」
男子部員は全てお見通しだと言いたげに、意味ありげな笑みを浮かべる。
「まあ、そういうことにしときます」
「……?」
秋月は怪訝そうに首をかしげたが、気づけばその視線は、磁石のようにまた自然と柚葉の方へと向いていた。
今日も、誰よりもおいしそうに笑って、幸せそうに食べている。
ただそれだけの姿が、何故だか秋月の胸の奥に、消えない温かな足跡を残していくのだった。
「よし……!」
じゃがいも、にんじん、玉ねぎ。最初は不揃いだった大きさも、意識すると綺麗に揃うようになってきた。
「緒方ちゃん、すごく上手になってる!」
「ほんとですか!?」
「うん。さっきより刃の入れ方が全然いいよ」
先輩に褒められた柚葉は、ぱっと大輪の向日葵が咲いたように表情を明るくする。
「やったぁ!」
その嬉しそうな様子を横目で見ていた秋月は、小さく口元を綻ばせると、自分の担当である大鍋の前へと戻っていった。
頼もしい背中を見送りながら、柚葉はもう一度まな板へ向き直る。
(もっと上手になりたいな)
料理の腕が上がれば、それだけ自分自身の力で「最高の美味しい」を生み出せる。そう想像するだけで、胸が小躍りした。
やがて、全ての具材が大きな鍋へ投入され、コトコトと心地いい音が調理室に響き始める。
醤油と砂糖、みりんが合わさった、あの日本人の DNA を刺激する甘じょっぱい香りが部屋いっぱいに広がると、柚葉の胃袋が限界を訴えるように、ぐぅ、と正直な音を鳴らした。
「……あ」
思わずお腹を押さえる。案の定、近くにいた先輩が吹き出した。
「ふふ、緒方ちゃん、もうお腹が空いちゃったの?」
「だって、お出汁のいい匂いが容赦なく鼻を擽ってくるんですもん……」
恥ずかしそうに頬をかく柚葉に、周囲の調理台からもどっと温かい笑いが起こる。
「緒方ちゃんって、表情が豊かで本当に見てて飽きないね」
「えっと、ありがとうございます……?」
「うん、最大級の褒め言葉だよ」
照れ笑いを浮かべながらも、柚葉の視線は鍋に釘付けだ。早く完成しないかと、もはや待ちきれない様子で鼻をひくひくさせている。
「じゃあ、そろそろ火を止めて少し味をなじませよう」
絶妙なタイミングで、秋月のよく通る声が響いた。
「その間に盛り付けの準備をしてね」
『はーい!』
班のみんなで協力して、手際よく器へ盛り付けていく。
つやつやとタレを纏ったほくほくのじゃがいも。芯まで味が染み込んでいそうなにんじん。程よく脂ののった照りのある牛肉。最後に彩りとして鮮やかな緑のさやいんげんを添えると、完璧な家庭的肉じゃがが完成した。
「できた……!」
「美味しそう!」
あちこちのテーブルから歓声が上がる。柚葉は待ちきれないとばかりに両手を合わせ、目をきらきらと輝かせた。
「いただきます!」
まずは主役のじゃがいもを一口。
舌の上でほくっと優しく崩れた瞬間、じっくり染み込んだお出汁の旨味と優しさがじゅわぁっと広がっていく。
「んー!」
あまりの至福に、思わず両手で頬を包み込んだ。
「中までちゃんと味が染みてます! 自分で作ったから、いつもの何倍もお腹に染みる気がします!」
幸せを絵に描いたようなその笑顔に、向かいの席の先輩達もつられて目元を和らげる。
「緒方ちゃんの『おいしい』を聞いてると、作ったこっちまで嬉しくなっちゃうな」
「ほんとほんと。毎日作ってあげたくなっちゃうよね」
先輩達の言葉を受け流すほど、柚葉は夢中で肉じゃがを頬張り続けた。
一口食べるたびに、眉が下がったり、目が丸くなったりと表情がころころ変わる。その姿は、見ている側の心まで満たしてしまう不思議な魅力があった。
少し離れた場所から、その様子を静かに見つめていた秋月は、ふっと目を細める。
「部長」
隣で食器を片付けていた男子部員が、ニヤニヤしながら小声で話しかけてきた。
「あの子のこと、結構お気に入り?」
「……何が?」
「いや、一年の緒方。さっきから、めちゃくちゃ優しい目で見てるじゃないですか」
直球の指摘に、秋月は一瞬だけ言葉を詰まらせ、すぐに苦笑して首を横に振った。
「……包丁の手元が危なっかしかったから、指導しただけだよ」
「ふーん」
男子部員は全てお見通しだと言いたげに、意味ありげな笑みを浮かべる。
「まあ、そういうことにしときます」
「……?」
秋月は怪訝そうに首をかしげたが、気づけばその視線は、磁石のようにまた自然と柚葉の方へと向いていた。
今日も、誰よりもおいしそうに笑って、幸せそうに食べている。
ただそれだけの姿が、何故だか秋月の胸の奥に、消えない温かな足跡を残していくのだった。