恋も料理もじっくり弱火で
 一方の柚葉はというと――。

(合法的に放課後のスーパーへ行ける!  買い出しだぁ!)

 と、完全に遠足へ向かう子どものように目をキラキラと輝かせていた。

「柚葉ちゃん」
「はい?」
「スーパーに行くのが、そんなに嬉しい?」
「はい!」

 一ミリの迷いもなくブンブンと頷く。

「スーパーって、色んな食材が並んでるのを見てるだけでもすっごく楽しいじゃないですか!」

 その直球すぎる返答に、秋月は一瞬きょとんとしたあと、堪えきれないといった様子で小さく肩を揺らした。

「ははっ。……本当に、柚葉ちゃんらしいね」
「えへへ」

 柚葉は照れくさそうに笑いながら、肩からスクールバッグを掛け直した。

「じゃあ、行こうか」
「はい!」

 二人は並んで調理室を後にする。
 廊下へ出ると、大きな窓から夕方の柔らかなオレンジ色の日差しが差し込んでいた。隣を歩く秋月は、調理室にいた時のキリッとした部長の顔から、いつの間にかいつもの穏やかな表情に戻っている。
 しかし、柚葉の頭の中はといえば。

(今日のレタスは一玉いくらくらいかな)

 やら。

(買い出しが終わったら、チラッとパンコーナーの新作もチェックしたいな……)

 なんて、相変わらず食欲にまみれたことばかりを考えていた。
 その完全に意識が食べ物へと向いている横顔を見て、秋月は思わず口元を緩める。

「柚葉ちゃん」
「はい?」
「言っておくけど、寄り道は禁止だからね」
「……あっ」

 あまりにも図星だった。

「もしかして、惣菜コーナーとかパンコーナーを覗こうとしてた?」
「ちょっと、ほんのちょっとだけです……!」
「ははっ」

 秋月はついに声を立てて楽しそうに笑った。学校では『高嶺の王子様』なんて呼ばれている先輩が、今はクラスの男友達のように崩れた笑顔を見せている。

「じゃあ、買い出しの用事が全部綺麗に終わったら、少しだけ考えるよ」
「本当ですか!  やったぁ!」

 パッと大輪の花が咲いたような笑顔になる柚葉。その無邪気な喜びようを見た秋月は、自分でも気づかない内に、引き摺られるようにまた優しく目を細めて笑っていた。
 そんな二人の背中を、家庭科室の窓からこっそり見送っていた部員達は、ぽかんと顔を見合わせる。

「ねぇ……なんかさ」
「うん。部長、緒方ちゃんといる時だけ、いつもよりたくさん笑ってない?」

 誰かがポツリと溢した何気ないその一言は、まだ夕暮れの廊下を歩く二人には、これっぽっちも届かなかった。
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