恋も料理もじっくり弱火で
♡嫉妬のアジフライ



 教室は、昼食をとる生徒達の賑やかな声に包まれていた。
 窓際の自分の席で、秋月は音もなく弁当箱の蓋を開ける。今日のおかずは、昨夜の残りの唐揚げをアレンジした黒酢あん絡めと、出汁をたっぷり含ませた卵焼き。彩りも栄養バランスも完璧な、いかにも調理部部長らしい自家製弁当だ。
 箸を伸ばそうとした、その時。
 横からすっと伸びてきた手が、主役である黒酢あんの唐揚げをひょいっと器用に掠め取っていった。

「何これ、うまっっ!」
「……寛太(かんた)

 モグモグと口を動かしながら親指を立てる男に、秋月は深い溜息を交えて顔を上げた。

「人のを取るな。食べたきゃ部活に来い」
「ケチくさいこと言うなよー。俺は今、極限状態なんだよ。」
「なんで。いつも購買で焼きそばパンだろ」

 秋月が冷ややかな視線を送ると、クラスメイトの寛太はわざとらしくへにゃりと肩を落とした。

「それがさー、親が二人とも急な出張で今週いっぱい不在なわけ。で、近くに住んでる人が『お弁当作ってあげるから毎朝取りに来なさい』って言ってくれてるんだけどさ……。俺、今朝思いっきり寝坊して、取りに行くの忘れて学校来ちゃってさー」
「……自業自得だろ。で、今から購買に行くのか?」
「ううん、これからその弁当を取りに行くんだよ。校門まで届けてくれるってさ」

 寛太はポリポリと頭を掻きながら、何処か嬉しそうに携帯の画面をパタパタと振った。
「まったく……」と呆れる秋月に、寛太は悪戯っぽく笑って教室のドアへと歩き出す。

「つーわけで、一年のとこ行ってくるわー!」
「……え?」

 寛太の口から飛び出したその単語に、秋月の箸を持つ手がピタリと止まった。
 心臓がドクン、と少しだけうるさく跳ねる。

「一年って……誰のことだ?」
「ん?  だから、俺の弁当作ってくれてる人の代理? の一年。じゃ、行ってきまーす!」

 ひらひらと手を振って教室を出ていく寛太の背中を見送りながら、秋月はポカンと宙を見つめた。

(一年……)

 脳裏に浮かぶのは、あの美味しそうな塩バターロールを抱えて満面の笑みを咲かせていた、食いしん坊な後輩の姿だ。
 まさか、そんな偶然があるはずがない。この学校には一年生なんて何百人もいるのだ。寛太の親戚が彼女である確率なんて、天文学的な数字に近い。
 分かっているのに。

「……柚葉ちゃんじゃないよな」

 ぽつりと呟いた自分の声に驚き、秋月は慌てて口を噤んだ。
 ただの「一年」という単語にここまで過剰に反応してしまった自分自身に、激しい動揺と、耳の裏が熱くなるような小恥ずかしさが押し寄せてくる。
 秋月は黒酢あんの味も分からないまま、残りの唐揚げを急いで口へと放り込んだ。冷静になろうとすればするほど、何故だか胸のざわつきは収まってくれそうになかった。
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