恋も料理もじっくり弱火で
それから数分後。弁当を食べ終えた秋月は、自分でもよく分からない焦燥感に突き動かされるようにして教室を出ていた。
「おい秋月、何処行くんだよ?」
「あ、うん……ちょっと、家庭科室の調味料の在庫を思い出したから、見てくる」
廊下で出くわしたクラスメイトに適当な理由を告げ、一緒に歩き出す。
廊下を行き交う生徒達の声が鼓膜を素通りしていく中、秋月の視線は無意識に、校門や昇降口へと繋がる階段の方ばかりを向いていた。
(何を気にしているんだ、俺は)
ただの偶然だ。寛太の言っていた親戚の一年生が、彼女であるはずがない。そう自分に言い聞かせながら、友人と他愛のない会話を交わしつつ角を曲がった、その時だった。
柔らかな昼下がりの光が差し込む廊下の先で、秋月の足がピタリと止まる。
「……あ」
ふと視界の端に捉えたのは、見慣れた二つの顔だった。
そこにいたのは、少し頭を掻きながら、申し訳なさそうな笑みを浮かべて大きめの弁当箱を差し出す寛太。そして――その弁当箱を、まるで宝物でも受け取るかのように、満面の笑みを咲かせて両手で受け取る柚葉の姿だった。
「ごめんなー。ちゃんと洗って返さなきゃなんねぇのは分かってんだけど、今日から合宿でさー」
「ううん、全然気にしないで! 叔母さん達出張中なのに合宿まであって大変だもん。お母さんがいつでもお弁当作るからねって!」
二人の親しげな声が、遠くからでもはっきりと秋月の耳に届く。
ドクン、と胸の奥が冷たく跳ねた。
(嘘だろ……)
寛太が言っていた『俺の弁当を作ってくれている人』。毎朝、寛太のために早起きしてお弁当を手作りしている女の子。それが、他でもない緒方柚葉だったのだ。
いつも自分の前で見せるような、あの無邪気で、世界一美味しそうな笑顔を、今は寛太に向けている。
しかも、男友達のために毎日お弁当を作っているだなんて――それはもう、単なる『親戚』という言葉以上の特別な関係なのではないか。
「……秋月? どうしたんだよ、急に黙り込んで」
「……いや」
隣の友人の声に、秋月は辛うじて低く短い声を返した。
視界の先では、寛太が柚葉の頭をぽんぽんと親しげに撫で、柚葉がそれに嬉しそうに笑い返している。
その瞬間、秋月の胸の奥から、経験したことのないような黒くドロリとした感情がせり上がってきた。激しい動揺、そして、強烈な『嫉妬』。
いつも調理部で、自分の料理を「世界で一番好き」だと言ってくれた彼女。
後ろから手を重ねて包丁を教えた時の、あの柔らかな空気。
スーパーの帰り道、一つの塩バターロールを照れくさそうに半分こした、あの特別な時間。
それらはすべて、彼女にとっては「ただの優しい先輩」に対する態度でしかなくて、本当に心を許している特別な相手は、他にいたのだろうか。
「そっか……そういうことか」
ぽつりと溢した秋月の声は、自分で驚くほど冷たく沈んでいた。
向けられたことのない彼女の『手料理』という事実に、秋月の心は、これまでにないほど激しく掻き乱されていた。
「おい秋月、何処行くんだよ?」
「あ、うん……ちょっと、家庭科室の調味料の在庫を思い出したから、見てくる」
廊下で出くわしたクラスメイトに適当な理由を告げ、一緒に歩き出す。
廊下を行き交う生徒達の声が鼓膜を素通りしていく中、秋月の視線は無意識に、校門や昇降口へと繋がる階段の方ばかりを向いていた。
(何を気にしているんだ、俺は)
ただの偶然だ。寛太の言っていた親戚の一年生が、彼女であるはずがない。そう自分に言い聞かせながら、友人と他愛のない会話を交わしつつ角を曲がった、その時だった。
柔らかな昼下がりの光が差し込む廊下の先で、秋月の足がピタリと止まる。
「……あ」
ふと視界の端に捉えたのは、見慣れた二つの顔だった。
そこにいたのは、少し頭を掻きながら、申し訳なさそうな笑みを浮かべて大きめの弁当箱を差し出す寛太。そして――その弁当箱を、まるで宝物でも受け取るかのように、満面の笑みを咲かせて両手で受け取る柚葉の姿だった。
「ごめんなー。ちゃんと洗って返さなきゃなんねぇのは分かってんだけど、今日から合宿でさー」
「ううん、全然気にしないで! 叔母さん達出張中なのに合宿まであって大変だもん。お母さんがいつでもお弁当作るからねって!」
二人の親しげな声が、遠くからでもはっきりと秋月の耳に届く。
ドクン、と胸の奥が冷たく跳ねた。
(嘘だろ……)
寛太が言っていた『俺の弁当を作ってくれている人』。毎朝、寛太のために早起きしてお弁当を手作りしている女の子。それが、他でもない緒方柚葉だったのだ。
いつも自分の前で見せるような、あの無邪気で、世界一美味しそうな笑顔を、今は寛太に向けている。
しかも、男友達のために毎日お弁当を作っているだなんて――それはもう、単なる『親戚』という言葉以上の特別な関係なのではないか。
「……秋月? どうしたんだよ、急に黙り込んで」
「……いや」
隣の友人の声に、秋月は辛うじて低く短い声を返した。
視界の先では、寛太が柚葉の頭をぽんぽんと親しげに撫で、柚葉がそれに嬉しそうに笑い返している。
その瞬間、秋月の胸の奥から、経験したことのないような黒くドロリとした感情がせり上がってきた。激しい動揺、そして、強烈な『嫉妬』。
いつも調理部で、自分の料理を「世界で一番好き」だと言ってくれた彼女。
後ろから手を重ねて包丁を教えた時の、あの柔らかな空気。
スーパーの帰り道、一つの塩バターロールを照れくさそうに半分こした、あの特別な時間。
それらはすべて、彼女にとっては「ただの優しい先輩」に対する態度でしかなくて、本当に心を許している特別な相手は、他にいたのだろうか。
「そっか……そういうことか」
ぽつりと溢した秋月の声は、自分で驚くほど冷たく沈んでいた。
向けられたことのない彼女の『手料理』という事実に、秋月の心は、これまでにないほど激しく掻き乱されていた。