恋も料理もじっくり弱火で
その光景から、これ以上一秒たりとも視線を繋ぎ止めておくことができなかった。
秋月は弾かれたように踵を返し、来た道を戻るように歩き出した。その足取りは、まるで何か恐ろしいものから逃げ出すかのように速い。
「おい、秋月!? そっち家庭科室じゃないだろ! どうしたんだよ急に!」
背後から友人の困惑した声が追いかけてくるが、今の秋月にはそれに振り返るだけの心の余裕は一ミリも残されていなかった。
「……悪い、ちょっと用事思い出した」
それだけを低く言い捨て、さらに歩度を速める。すれ違う生徒達が「え、秋月先輩?」と驚いたように振り返るが、それすらも今の彼の視界には入らない。
胸の奥が、焼けるように熱くて痛かった。
(なんなんだ、これは……)
自分でも驚くほどの激しい感情の渦に、秋月は呼吸の仕方を忘れそうになる。
誰が誰にお弁当を作ろうが、誰が誰と仲良く笑い合っていようが、自分には関係のないことのはずだ。
彼女はまだ入部してきたばかりの、一部員。自分はただの部長。それ以上の関係でもなければ、彼女のプライベートに踏み込む権利なんてどこにもない。
それなのに、寛太に頭を撫でられて嬉しそうにしていた柚葉の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
あの無防備で、柔らかくて、世界をぽかぽかと温めるような笑顔。あれは、調理部で自分にだけ向けられているものだと、何処かで自惚れていたのだろうか。
手元に残る、空の弁当箱を見つめる。
料理人として、誰かに「美味しい」と言ってもらえる料理を作ることには自信があった。だけど、彼女が「誰かのために」心を込めて作ったお弁当には、自分は逆立ちしたって敵わない。その事実に、むかつくほどの敗北感と、ドロドロとした醜い嫉妬心がせり上がってくる。
「……最低だな、俺は」
人気のない階段の踊り場で足を止め、秋月は壁にぽつりと頭を預けた。
学校中でどれだけ『高嶺の王子様』と持て囃されようが、中身はただの後輩の一挙一動に右往左往させられている情けない男だ。
理由の分からない――いや、本当はもう薄々気づいてしまっている自分の独占欲と嫉妬心に、秋月はただ一人、深く苦い溜息をつくことしかできなかった。
秋月は弾かれたように踵を返し、来た道を戻るように歩き出した。その足取りは、まるで何か恐ろしいものから逃げ出すかのように速い。
「おい、秋月!? そっち家庭科室じゃないだろ! どうしたんだよ急に!」
背後から友人の困惑した声が追いかけてくるが、今の秋月にはそれに振り返るだけの心の余裕は一ミリも残されていなかった。
「……悪い、ちょっと用事思い出した」
それだけを低く言い捨て、さらに歩度を速める。すれ違う生徒達が「え、秋月先輩?」と驚いたように振り返るが、それすらも今の彼の視界には入らない。
胸の奥が、焼けるように熱くて痛かった。
(なんなんだ、これは……)
自分でも驚くほどの激しい感情の渦に、秋月は呼吸の仕方を忘れそうになる。
誰が誰にお弁当を作ろうが、誰が誰と仲良く笑い合っていようが、自分には関係のないことのはずだ。
彼女はまだ入部してきたばかりの、一部員。自分はただの部長。それ以上の関係でもなければ、彼女のプライベートに踏み込む権利なんてどこにもない。
それなのに、寛太に頭を撫でられて嬉しそうにしていた柚葉の笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
あの無防備で、柔らかくて、世界をぽかぽかと温めるような笑顔。あれは、調理部で自分にだけ向けられているものだと、何処かで自惚れていたのだろうか。
手元に残る、空の弁当箱を見つめる。
料理人として、誰かに「美味しい」と言ってもらえる料理を作ることには自信があった。だけど、彼女が「誰かのために」心を込めて作ったお弁当には、自分は逆立ちしたって敵わない。その事実に、むかつくほどの敗北感と、ドロドロとした醜い嫉妬心がせり上がってくる。
「……最低だな、俺は」
人気のない階段の踊り場で足を止め、秋月は壁にぽつりと頭を預けた。
学校中でどれだけ『高嶺の王子様』と持て囃されようが、中身はただの後輩の一挙一動に右往左往させられている情けない男だ。
理由の分からない――いや、本当はもう薄々気づいてしまっている自分の独占欲と嫉妬心に、秋月はただ一人、深く苦い溜息をつくことしかできなかった。