恋も料理もじっくり弱火で

「柚葉?」
「……っ、ううん!  手首を掴んで、『危ないからちゃんと手元を見て』って、すっごく優しく教えてくれたの!」

 咄嗟に口をついて出た嘘だった。しかし、結菜達は「なーんだ、普通じゃん」と笑いながらも、何処か呆れたような視線を柚葉に向けた。

「ふーん。てかさ、柚葉」
「何?」
「柚葉ってほんと、秋月先輩のこと好きだよね」

 結菜がニヤニヤと笑いながら揶揄ってくる。しかし、柚葉はこれっぽっちも照れることなく、胸を張って即答した。

「うん!  当たり前でしょ!」
「おっ、即答」
「だって料理はプロみたいに上手だし、優しいし、教え方もすっごく丁寧だし!  先輩が作るご飯は世界一美味しいもん!」

 得意げに語る柚葉に、結菜達は「あーあ」とわざとらしく大きな溜息を吐いて、顔を見合わせた。

「やっぱり分かってないわ、この食いしん坊」
「え?」
「ち・が・う・の。私達が言ってるのは、『胃袋を掴まれてる』っていう意味の好きじゃなくてさ」

 結菜が柚葉の顔を覗き込み、わざとゆっくりと、一言一言を区切るように言った。

「『男の人として』好きってこと。それって完全に、恋でしょ?」

 ――こい。

 その二文字が耳に届いた瞬間、柚葉の思考が真っ白になった。

(恋……?  私が、秋月先輩に?)

 ドクン、と。
 心臓が、今まで経験したことのないような大きな音を立てて跳ねた。
 頭の中に、これまでの先輩との記憶が走馬灯のように駆け巡る。
 スーパーからの帰り道、一つの塩バターロールを分け合ったこと。

(あれって、間接キスだったんじゃ……!?)

 背後から手を重ねられた時、油の音よりも大きく聞こえそうだった自分の鼓動。
 そして今、博多弁の先輩を「誰にも教えたくない」と独り占めしたくなった、この黒くて甘い感情。
 料理が美味しいから、胸が温かくなったんじゃない。
 先輩のことが――『秋月先輩という男の人』のことが好きだから、一緒に過ごす時間がこんなにも特別で、幸せだったんだ。

「…………っ!」

 みるみるうちに、柚葉の顔から首の先までが、茹で上がったタコのように真っ赤に染まっていく。
 ボンッ、と頭から湯気が出そうなほどの変わりように、結菜達が目を丸くした。

「ちょ、柚葉!?  顔真っ赤だけど!」
「えっ、まさか今、自覚したの!?」
「わ、わわわ、分かんない!  分かんないです!」

 柚葉はパニックを起こし、机の上の『おいしかったものノート』でバンッと顔を隠した。
 ノート越しに伝わってくる自分の頬の熱さは、揚げたてのアジフライよりもずっと熱い。

(ただの食欲じゃ、なかったの……!?)

 大好きな料理と、大好きな先輩。
 鈍感すぎる食いしん坊な少女が、ついに自分の初恋をはっきりと自覚した瞬間だった。
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