恋も料理もじっくり弱火で
♡届けオムライス



 柚葉は自分の席に座り、机の上に広げた『おいしかったものノート』に向かって、真剣な表情でシャーペンを走らせていた。

〈秋月先輩直伝・究極のアジフライ〉

・衣はぎゅぎゅっと押さえるのはNG。空気を残すように、ふわりとかぶせる。

・油に入れるタイミングは、菜箸から出るシュワシュワの泡が合図!

・先輩と一緒に揚げたアジフライは、外はサクサク、中はふわふわ。過去最高の美味しさ!

「ふふっ……」

 昨日の放課後の光景を思い出し、柚葉はにんまりと頬を緩ませる。
 そこへ、購買でパンを買い終えた結菜達クラスの友人グループがわいわいとやってきた。

「柚葉、またそれ書いてるの?  ほんっと調理部と食べ物のこと好きだよねー」
「あ、結菜!  聞いてよ、昨日の部活で作ったアジフライが、もうほっぺたが落ちるくらい最高だったの!」

 柚葉はパッと顔を輝かせ、前のめりになって語り始めた。

「衣の付け方一つで全然味が違うんだよ!  それにね、私が油に入れるのを怖がってたら、秋月先輩が後ろから一緒に手を持ってくれて……」
「えっ、ちょっと待って。あの『高嶺の王子様』な秋月先輩が!? 後ろから手取り足取り!?」
「うん!  それでね、私がよそ見してたら、先輩が私の手首をガシッて掴んで……あ」

 柚葉の言葉が、ふいにピタリと止まった。

(……なーーんばしよっとね!)

 脳裏に鮮明に蘇る、あの男らしくて熱い博多弁。そして、我に返って耳の裏まで真っ赤に染めていた先輩の、少し情けなくて照れくさそうな顔。

「手首を掴んで、どうしたの?」
「えっ、王子様がキレたとか!?」

 身を乗り出してくる結菜達を見て、柚葉の胸の奥で、急にチクリと小さな棘のようなものが引っ掛かった。

(……言いたくない)

 もしここで「先輩が博多弁で怒ったんだよ」なんて言えば、たちまちクラス中の――いや、学年中の女子達の間で話題になるだろう。「可愛い」「意外なギャップ」ともてはやされて、ますます先輩の周りに人が群がってしまう。
 あの、自分だけを真っ直ぐに心配してくれた熱い言葉も、素を見せて赤くなった顔も。誰にも知られたくない。自分だけの秘密にしておきたい。
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