恋も料理もじっくり弱火で

「……先輩?」

 真っ赤になった横顔を必死に背ける秋月を見て、柚葉はスプーンを持ったままじっとその様子を見つめた。
 いつも学校では『高嶺の王子様』なんて呼ばれて、誰に対しても一歩引いた大人の余裕を見せている先輩。
 女子生徒からの黄色い歓声にも、端正な顔立ちを崩さずに柔らかく受け流している憧れの人。
 そんな凄い人が、今、自分の何気ない一言で、耳の裏まで真っ赤にして動揺している。
 その事実が、柚葉の胸の奥をさらにトクンと甘く震わせた。

「先輩、こっち向いてください」
「……嫌だ。今向いたら、柚葉ちゃんの思うツボだし」
「思うツボって何ですかぁ。私、本当に美味しいお礼を言っただけですよ?」
「それが一番ずるいって言いよると」

 秋月は観念したように小さく溜息を吐くと、まだほんのり赤みの残る顔をゆっくりと柚葉へ戻した。その切れ長の瞳が、いつもより少しだけ熱を帯びて、じっと柚葉の唇を見つめる。

「……口の端、ケチャップ付いとる」
「えっ!?」

 柚葉が慌てて指先で口元を拭おうとした、その時だった。

「待って、動かんで」

 秋月がすっと長い腕を伸ばし、柚葉の頬の横に温かい手を添えた。親指の腹が、柚葉の唇の端を優しく、なぞるようにして拭う。
 カサリ、と触れた指先から、秋月の体温がダイレクトに伝わってきた。

「――っ」

 あまりの距離の近さに、柚葉の心臓が爆発しそうなほどの音を立てる。
 息をするのも忘れて固まる柚葉の目の前で、秋月は自分の親指についたケチャップをじっと見つめると――こともあろうに、それをペロリと自分の舌で舐めとった。

「うん、やっぱりちょっと酸味が強かったかな」
「せ、せせせ、先輩……っ!?」

 昨日のお弁当(焼きそばパン)事件や塩バターロールの時とは訳が違う。これは、自覚してしまった今の柚葉にとっては、あまりにも刺激が強すぎる破廉恥(?)シチュエーションだった。
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