見合い相手の秘書様がどストライクだった件
 祖父母は嫌なら行かなくていい、と言ってくれたが、父親に頭を下げてまで頼まれたら、社長の一人娘として行かざるをえない。
 翌日曜日。前日土曜に東京入りした桃花は、超絶ブルーな気分で両親の家を出て、目的のカフェに向かった。
 普段はジーンズを履いて仕事をしているが、今日はロングスカートにブラウス、薄手のジャケットを合わせて見合いらしいファッションにした。
 待ち合わせ時刻は午後二時だったが、直樹は三〇分遅刻して店に現れた。
 釣書写真と違わぬ出で立ちで現れた直樹は、遅刻はスルーしたうえで、桃花を一目見るなり「ヤバッ、写真よりぜんぜんカワイイじゃん!」とのたまった。
「いやぁ、親父にもらった写真だとビミョ~って思ったんだけど、実物見てビックリ。ぜんぜんアリ、超アリだわ」
 話しかけているのか大きな独り言なのかわからない台詞を口にしながら、直樹はドッカと席に座り、椅子の背にふんぞり返った。お冷を運んできた店員に一瞥もくれず、「ホット」とだけ言って、彼はニヤニヤしながら桃花を見つめた。
 この時点でもう、桃花は帰りたかった。それでも家のため会社のため、彼女はどうにか相手との〝まともな会話〟を試みた。
 しかしその努力は実らず、直樹は一方的にしゃべり続けた。
 今日の見合いは午後二時から三時までの一時間、軽くお茶をして顔合わせだけで済む予定だった。だからこそ当事者のみで、場所は駅にほど近いこの店でいいだろう、という話だったのだ。
 しかしこの東住直樹という男は存外おしゃべりで、こちらが聞いていない「(本人にとっての)武勇伝」を、一時間以上延々と語った。
(えっ、もう四時なんだけど……)
 腕時計で時間を確認し、桃花はチラと直樹の顔を見た。それと同じタイミングで、直樹も店の壁にかかった時計を見て、「あー、もうこんな時間かぁ」とつぶやいた。
「まぁ、俺はぜんぜんかまわないけどね。桃花ちゃん、なんなら今から場所移す? この近くにさ、うまい肉を食わせるステーキ屋があるんだよ」
「えっ!」
(嘘でしょ! 絶対やだ!)
 桃花が顔色を変えたのと、店のドアが開いたのはほぼ同時だった。
 ちょうど入口のほうを向いていた桃花は、こちらの席に向かってまっすぐ近づいてくる人物を見て、思わず息を止めた。
 清潔感のある黒髪ショートヘアに、体にフィットしたグレーのスーツ。薄いフレームの眼鏡をかけたその青年は、感情の見えない顔つきで二人のテーブルに近づくと、「直樹さん」と男の名前を呼んだ。
 スーツの青年が隣に来たとたん、直樹はパァと表情を輝かせ、「おーう、湊介!」と青年の名を口にした。
「こんなところまで来て、どうした? 俺、今、見合い中なんだけど」
「湊介」と呼ばれた青年は「ふぅ」と短く嘆息し、「今日は七時から、大事な会合があるとお伝えしたでしょう。今から帰って、すぐに支度しないと間に合いません」と言った。
「えーっ、まだ余裕っしょ」
「いいえ、余裕はありません」
 そこで青年は呆然とする桃花を見て、「はじめまして。東住常務の個人秘書を務めております、染羽湊介(そめはそうすけ)と申します」と自己紹介した。
「香光桃花様でいらっしゃいますね。このたびは、わざわざ遠方からご足労いただき、誠にありがとうございます。本来はこちらから駅までお迎えにあがるのが筋ですが、どうしても外せない仕事がございまして、かないませんでした。申し訳ございません」
 そう言って深々と頭を下げる湊介を見て、桃花はようやく我に返った。
「いえ、そんな、お迎えなんて! この店は駅から近いですし、交通費もいただいてます。ぜんぜん問題ないです!」
「恐れ入ります。しかし次にお越しの際はかならず、駅までお迎えに参りますので」
「えっ、あ、ありがとうございます……」
 ぼぅとした顔で桃花が礼を言うと、湊介はフッと表情を和らげた。涼しげな奥二重の目が細められ、その魅力的な笑みに桃花の心臓がドクンと跳ねる。
(えーっ、えーっ、ちょっと待って! この人、信じられないくらい素敵なんですけど! 私のどストライクなんですけどーーーっ!)
 内心暴風域な桃花には気づかず、常務秘書は厳しい目つきで常務を見た。
「では直樹さん。早く自宅に戻って着替えてください。というか、なぜそんな格好で来たんですか。香光様に失礼すぎるでしょう」
「これが俺の一張羅なんだよ」
「まさか。冗談は顔だけにしてください」
「ブフッ!」
 二人のやりとりを聞いていた桃花が思わず吹き出すと、直樹が「お、なんかウケた?」と少年のように笑った。
「じゃあ桃花ちゃん。残念だけど今日はこれで。また連絡するからさ、湊介に連絡先教えといてよ」
「えっ?」
(なんで秘書さんに!?)
「んじゃ湊介、勘定と桃花ちゃんの見送り頼んだぜ。俺はいったん家に帰るからさ」
「承知しました」
 予想外の展開に混乱する桃花を放って、直樹はさっさと店を出ていった。
 立ったまま上司を見送った湊介は、桃花の前に置かれたカップが空なのを確認してから、「もう精算をしてよろしいでしょうか」と彼女に聞いた。それから二人は、一緒に店を出た。
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