見合い相手の秘書様がどストライクだった件
この日、けっきょく直樹は三時間遅刻した。
桃花は湊介と楽しくお茶したあとで、彼が似合うと褒めてくれたワンピースを直樹のポケットマネーでプレゼントしてもらい、最後にスポンサー役だけ務めた見合い相手に礼を言って、東京を後にした。
その日の夜。
また父親から「今日のデートはどうだった?」と探りの電話があった。
桃花はうーんと悩んだあとで、「相手が違ったから、最高に楽しかったよ」と正直に答えて通話を切った。
***
桃花自身意外だったが、直樹との交際は二ヶ月目に突入した。
ただ大手食品会社の常務はかなり多忙な立場らしく、毎週のようにデートの約束を入れるくせに、当日になってドタキャンされることがたびたびあった。
しかも桃花が東京に到着してからのキャンセルが多く、「わざわざ交通費払って東京に呼んで、けっきょく会わないって……、いったいあの人は何がしたいの?」とその行動には疑問しかない。
だがそんな直樹の代わりに湊介が相手をしてくれるため、桃花としては不満どころか結果オーライだった。
この二カ月で、桃花はかなり湊介と親しくなれた。
そして親しくなればなるほど、染羽湊介という男のことを知れば知るほど、彼に惹かれていくのを自覚した。
コーヒーカップを持つ長い指。キリとした男らしい眉、色気を感じさせる奥二重の目。時おり見せる柔らかな笑み、洗練された立ち居振る舞い。
(とくに、あの声……)
子守唄がわりに聞いていたいほど、耳に心地よい優しいバリトン。彼の声のトーン、声質、話し方、何もかもが桃花の理想だった。
どんなときも桃花のことを気遣い、思いやり、けれど節度は守り、一秘書としての姿勢は崩さない。
(染羽さん……、最高なんですけどーーーっ!!)
直樹の代打を務める湊介と会うたび、桃花は心の中で絶叫した。
季節はいつのまにか冬に入り、もうすぐカップルにとっての一大イベント、クリスマスが近づいている。
直樹からは、しばらく忙しくてデートできないが、二十五日の金曜日はディナーを一緒に、と誘われていた。
「……やっぱり、ちゃんと断らないと」
祖父と父にはもう、こちらから縁談を断る許可を得た。最初は娘に頭を下げて頼んだ父親も、最終的には会社の将来よりも娘の幸せを優先してくれた。
直樹との縁談を断るということは、会社の経営に大きな影響を与える可能性がある。本当なら向こうが断ってくるのを待つべきだろう。
だがもし、クリスマスデートであちらにキスや、それ以上のことを求められたら……、桃花はその試練を乗り越えられる自信がなかった。
直樹は意外と紳士で、今のところ不必要に触ってくることはない。門限前に帰してくれるし、一方的な電話やメッセージを送ってくることもない。初めに湊介が言ったように、本当は真面目で優しい男なのかもしれない。……と思う。
(でも、だけどもう、私は……)
スマホの中に残る、湊介との事務的なメッセージを見つめ、桃花は決心した。
明後日の日曜、東京で直樹に会い、直接断りの返事をしようと。許してくれるよう必死に詫びて、そしてこの縁談に片を付けてから、振られるのを覚悟で湊介に告白しようと。
湊介が直樹の直属の部下であるかぎり、彼が桃花の気持ちに答える可能性は百パーセントないだろう。だから失恋は決定している。
それでも彼女は言わずにおれなかった。
(……だって、初めてこんなに好きになった人だもの。彼と出会って、私は自分が、メガネとスーツのコンボに激弱なこととか、重度の声フェチだったとか、男性の喉仏にキュンとくる性癖あったとか、レアな笑顔を見れたら、昇天しそうになるほど単純な性格だったとか……。他にもいろいろ、たくさんのことに気づけたもの)
この二カ月で、目に見えないプレゼントをいっぱいもらった気分で、桃花は好きな男の代わりに自分のスマホを抱きしめた。
そしておもむろに、初めてかける番号の通話ボタンを押した。
桃花は湊介と楽しくお茶したあとで、彼が似合うと褒めてくれたワンピースを直樹のポケットマネーでプレゼントしてもらい、最後にスポンサー役だけ務めた見合い相手に礼を言って、東京を後にした。
その日の夜。
また父親から「今日のデートはどうだった?」と探りの電話があった。
桃花はうーんと悩んだあとで、「相手が違ったから、最高に楽しかったよ」と正直に答えて通話を切った。
***
桃花自身意外だったが、直樹との交際は二ヶ月目に突入した。
ただ大手食品会社の常務はかなり多忙な立場らしく、毎週のようにデートの約束を入れるくせに、当日になってドタキャンされることがたびたびあった。
しかも桃花が東京に到着してからのキャンセルが多く、「わざわざ交通費払って東京に呼んで、けっきょく会わないって……、いったいあの人は何がしたいの?」とその行動には疑問しかない。
だがそんな直樹の代わりに湊介が相手をしてくれるため、桃花としては不満どころか結果オーライだった。
この二カ月で、桃花はかなり湊介と親しくなれた。
そして親しくなればなるほど、染羽湊介という男のことを知れば知るほど、彼に惹かれていくのを自覚した。
コーヒーカップを持つ長い指。キリとした男らしい眉、色気を感じさせる奥二重の目。時おり見せる柔らかな笑み、洗練された立ち居振る舞い。
(とくに、あの声……)
子守唄がわりに聞いていたいほど、耳に心地よい優しいバリトン。彼の声のトーン、声質、話し方、何もかもが桃花の理想だった。
どんなときも桃花のことを気遣い、思いやり、けれど節度は守り、一秘書としての姿勢は崩さない。
(染羽さん……、最高なんですけどーーーっ!!)
直樹の代打を務める湊介と会うたび、桃花は心の中で絶叫した。
季節はいつのまにか冬に入り、もうすぐカップルにとっての一大イベント、クリスマスが近づいている。
直樹からは、しばらく忙しくてデートできないが、二十五日の金曜日はディナーを一緒に、と誘われていた。
「……やっぱり、ちゃんと断らないと」
祖父と父にはもう、こちらから縁談を断る許可を得た。最初は娘に頭を下げて頼んだ父親も、最終的には会社の将来よりも娘の幸せを優先してくれた。
直樹との縁談を断るということは、会社の経営に大きな影響を与える可能性がある。本当なら向こうが断ってくるのを待つべきだろう。
だがもし、クリスマスデートであちらにキスや、それ以上のことを求められたら……、桃花はその試練を乗り越えられる自信がなかった。
直樹は意外と紳士で、今のところ不必要に触ってくることはない。門限前に帰してくれるし、一方的な電話やメッセージを送ってくることもない。初めに湊介が言ったように、本当は真面目で優しい男なのかもしれない。……と思う。
(でも、だけどもう、私は……)
スマホの中に残る、湊介との事務的なメッセージを見つめ、桃花は決心した。
明後日の日曜、東京で直樹に会い、直接断りの返事をしようと。許してくれるよう必死に詫びて、そしてこの縁談に片を付けてから、振られるのを覚悟で湊介に告白しようと。
湊介が直樹の直属の部下であるかぎり、彼が桃花の気持ちに答える可能性は百パーセントないだろう。だから失恋は決定している。
それでも彼女は言わずにおれなかった。
(……だって、初めてこんなに好きになった人だもの。彼と出会って、私は自分が、メガネとスーツのコンボに激弱なこととか、重度の声フェチだったとか、男性の喉仏にキュンとくる性癖あったとか、レアな笑顔を見れたら、昇天しそうになるほど単純な性格だったとか……。他にもいろいろ、たくさんのことに気づけたもの)
この二カ月で、目に見えないプレゼントをいっぱいもらった気分で、桃花は好きな男の代わりに自分のスマホを抱きしめた。
そしておもむろに、初めてかける番号の通話ボタンを押した。