黒澤主任の甘いイジワル
 現地での打ち合わせは、予想通り厳しいものだった。それでも、昨夜遅くまで作成し直した資料のおかげで、所長を納得させることができた。
 無事に終わった帰り道。現場を出ると空は夕暮れ色に染まり始めていた。車内に乗り込むと、張り詰めていた空気が一気にほどけていく。
 
「図面の修正だけで半日かかるとはな……」
 
 ハンドルを握った黒澤が小さく息を吐いた。

「戦場みたいでしたね」
「だね」
「でも、やっぱり黒澤さん、凄いです。普段、折衝している姿を見る機会がないので、すごく勉強になりました」
「そんなに褒められると、本気にするけど」
「本気にしてください。それより、どこかで夕食を食べていきませんか? 運転、わたしが交代してもいいですし」

 黒澤の運転は快適だ。でも、連日の激務のうえ、長時間の運転と今日の交渉で、さすがの黒澤にも疲れの色が見える。

「わたしの運転でよければ、ですけど」
 
 新菜が笑って提案すると、意外にも「まじで頼りになるなあ」と黒澤が頷いた。「まだ死にたくない」とイジワルな返しが来るかと思ったのに。
 仕事の完全装備からわずかに緩んだ横顔に、新菜は胸の奥がキュッと締め付けられた。
 
 サービスエリアに入ると、駐車場は夕食時とあって混雑していた。
 バックで駐車スペースに入れるため、黒澤がふっと息を吐いて身体を捻る。ヘッドレストにかけられた大きな手が、まるで抱き寄せられるような錯覚を新菜に与え、心拍数が跳ね上がる。
 ギアがパーキングに入り、エンジンが止まった。
 
「……一条さんって、もしかして手フェチ?」

 いつの間にか、黒澤の視線が新菜に向けられていた。
 
「えっ、べ、別にそんなことはっ!」

 必死に誤魔化そうとすればするほど、顔が熱くなっていく。
 
「ふーん。視線を感じたんだけど」
「……黒澤さんって、やっぱりちょっとずつ意地——、いえ何でもないです」
「なんだよ、気になるんだけど」
「じゃあ気にしてくださいっ、ずっと」

 言い放って新菜はぷいっと先に車を降りる。黒澤も慌てて追いかけてきて、隣を歩き始める。自動ドアが開くと、カレーやラーメンの食欲をそそる匂いがふわりと漂う。
 
「マジで腹減った〜」
「わたしもです」
 
 ほとんど何も食べずに仕事をしていた二人は、美味しいを連発しながら、あっという間に食事を平らげた。
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