完璧美男子の甘い誘惑

「あーら!樋笠くん、出かけるの?いってらっしゃい!」
「はい。いってきます」
「樋笠、がんばってこいよ!」
「ありがとうございます」
「樋笠くん、ありがとう!この間教えてくれたシャンプー、娘から評判がよかったよ!」
「よかったですね」

 悠介が片手を上げ笑いかけるだけで、老若男女問わずわあっと黄色い悲鳴があがる。

(まーた始まった)

 会社を出るまでの数メートルの間、廊下を歩くだけで、あちこちから声がかかってきて、静香はクスリと小さな事で笑みをこぼす。
 悠介がひとつひとつ丁寧に応対するから、余計に時間がかかりヤキモキしてしまう。

(最初はみーんなビビってたのになあ……)

 悠介がやって来た初日を思い返してみると、今の現状が少し不思議なものに感じる。

『樋笠悠介です。よろしくお願いします』

 彼が挨拶したあと、どよめきが走ったのを今でも覚えている。
 悠介はハートフル工務店にこれまでいなかったタイプだった。

(私も驚いたもんなあ……)

 きめ細やかな顔立ちもさることながら、男性にもかかわらずメイクが施されていたことに、誰もが度肝を抜かれた。
 世の中にはメイクをする男性がいるのは知識としては知っていたけれど、実際に目の当たりにしたのは初めてで、みんなどう接したらいいのか最初は戸惑った。
 それが今では口を開けば樋笠、廊下を歩いても樋笠、樋笠……と、どこからともなく声がかかる人気者である。

(まあ、樋笠くんって、優秀だし、人当たりもよくて親切だもんな)

 彼は入社してからハートフル工務店の社員たちを次々と虜にしていった。
 まずはその仕事ぶりで信頼を勝ち取ると今度は美容男子の知識をフル活用。

 今まで美容の『び』の字も知らなかったおじさん社員ですら悠介を見習って、スキンケアを始めたり、眉毛を整えたり、小綺麗になりつつある。

 今やハートフル工務店は悠介なしでは立ち行かない。
 その影響力の大きさは入社一年足らずの一社員のものとは思えない。

(よくやるよなあ)

 とはいえ、美容に興味のない静香には、あまり関心のない話である。
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