完璧美男子の甘い誘惑
「今日も暑いですね」
「そうだね。今日の最高気温は三十五度らしいから、今がピークなのかな?」
次から次へと飛んでくるレスポンスを掻い潜り、ようやく会社の外に出ると、容赦なく太陽が照りつけてくる。
さすがの悠介でも八月の太陽にはお得意の魔性も通じないらしい。
朝見た天気予報によると、今日は日差しが強く、熱中症警戒アラートも発令されている。
今日は駅前にある飲食店のリニューアル工事について打ち合わせだ。
まずは徒歩七分の駅までの道のりを歩かなければならない。
アスファルトから感じる熱気を受け、ふうっと息を吐いていると、となりからパシュンとバネが弾ける気持ちのいい音がした。
あれほど眩しかった日差しがサッと遮られ、静香はとなりを仰ぎ見た。
「今日は暑いですし、大熊さんも入りませんか?」
悠介はわざわざ静香の方に日傘を傾けながら尋ねた。
「え!?いいよ、大丈夫!樋笠くんが日焼けしちゃうよ!」
なにごとも大雑把で、美容に関心が薄い静香が日傘なんて便利なものを携帯しているはずがない。
そんな自分が日陰のおこぼれに預かるわけにはいかないと、慌てて両手を横に振る。
「気を使わせちゃって本当にごめんね。ほら、私は平気だから!」
営業担当の静香と打ち合わせに行くとき、いつも社交辞令で日傘に入るように誘ってくれるけれど、一度も同じ傘に入ったことはない。
「そうですか。残念です」
悠介は本当に残念そうにシュンとうなだれた。
仔犬のような、けなげな反応に自分の発言を撤回したい衝動にかられてしまうが、ほだされてはいけない。彼は魔性の男なのだから。
(っていうか樋笠くんと同じ傘の中なんて絶対ムリっ!)
一緒の傘に入ったなんて他の女性社員に知られたら、八つ裂きにされても仕方ない。
ただでさえ仕事上組んで動くことも多く、僻まれているのに。
彼自身悪い人ではないだとわかっているが、そういう意味で少し面倒なのだ。
見ているだけで充分、できればあまり深く関わりたくない。
(でも……)
静香はそれとバレないように、となりを歩く悠介をこっそり盗み見た。
肩に柄をあて日傘をさした悠介はまるで日本画の振り返り美人のようだ。
日傘をさしたことで顔に影がさし、明るい日差しの中でみる彼の表情とは趣きが異なる。
汗ひとつかかない涼しげな横顔から目が離せなくなるのはなぜだろう。
決して触れてはいけない美術品だとわかっていても、手を伸ばしてその輪郭をひとつひとつ確かめたい衝動に駆られてしまう。
(変、だよね?)
トクントクンと静かに刻まれる心臓の鼓動には気づかないふりをしなければいけない。
静香はあってはならない劣情を抑えながら、悠介と駅へ向かったのだった。