オタクな秘書の攻略方法〜来る者拒まず去る者追わずだった同期に一途に溺愛される
第48話 波紋を呼ぶ警告、牙を剥く過去
真白がタクシーに乗り込むのを見届けた後、聖良は深夜の駅のホームで、迷うことなくスマートフォンを取り出した。
画面に表示されたのは、営業一課の佐伯の連絡先。
(仕事のことは、真白が完璧にやり遂げた。だけどプライベートのこれは……あの二人に任せておくだけじゃ、絶対に拗れて終わる)
緑川が真白を待ち伏せし、耳元で執拗に囁いたという蓮の「過去の内情」。
それを一人で抱え込み、傷つきながらも「自分が過去を受け止める覚悟を持てるか」と悩んでいる健気な真白を思い出すたび、聖良の胸には激しい怒りが沸き起こっていた。
『佐伯くん、今どこ? 至急、あんたに伝えておかなきゃいけない重要なことがある。神尾くんに至急取り次いでほしいの』
メッセージを送ると、わずか数十秒で着信があった。
『もしもし、小鳥遊!? 俺、今ちょうど神尾と飲んでる。あいつも抜け殻みたいになっててさ……。取り次ぐどころか、今すぐこっちに来て話してくれない? 場所送るから』
「わかった。今すぐ行く」
聖良はヒールの音を夜の駅に響かせながら、指定された居酒屋へと急いだ。
【佐伯視点:嵐の予感と、乗り込んできた女神】
「神尾、小鳥遊が今からここに来るって」
「……え?」
対面に座る神尾は、まるで行き場を失った幽霊のように力なく顔を上げた。
「なんで、乾さんの同僚の彼女が……」
「お前に直接、至急伝えたいことがあるんだと。とにかく待て」
佐伯は、胸を騒がせる焦燥感に眉をひそめていた。
乾さんが神尾に「時間をください」と言った理由。
単にレセプションでの元カノの嫌がらせ発言(来るもの拒まず去るもの追わず)にショックを受けただけなら、わざわざ小鳥遊が深夜に神尾を呼び出してまで伝えることなどないはずだ。
(絶対に、俺たちの知らないところで何かが起きてる)
十五分後、個室の引き戸が勢いよく開いた。
入ってきた小鳥遊の表情を見た瞬間、佐伯は背筋が凍るような緊張感を覚えた。
いつもは明るくお調子者の彼女が、見たこともないほど冷徹で、怒りに満ちた目をしていたからだ。
「小鳥遊、わざわざすまない。……何があったんだ?」
佐伯が席を促すと、小鳥遊はバッグをドサリと置き、神尾の正面に真っ直ぐに座った。
「神尾くん。あんた、今週ずっと、真白がなんであんたを避けてるか分かってないでしょ。自分の過去の『冷血王子』な噂がバレて、幻滅されたとでも思ってる?」
彼女の鋭い先制パンチに、神尾は息を呑んで固まった。
「……ええ。俺が、不特定多数の女性と中身のない関係を重ねていたことに気づかれて……軽蔑されたのだと」
「大ハズレ。真白はそんな薄っぺらい理由で、大好きなあんたを避けたりしない」
彼女は冷たく言い放ち、一呼吸置くと、二人の男に向かって爆弾を落とした。
「あのレセプションの帰り道、真白は緑川っていう女に待ち伏せされたのよ」
「――ッ!?」
神尾の顔から、一気に血の気が引いていくのが分かった。
佐伯もまた、持っていた箸をテーブルに落としそうになった。
「その女、一人で帰る真白を執着深く捕まえて、何て言ったと思う? 神尾くんが今までどんな風に女の子たちと関係を持って、翌朝には名前も覚えないまま冷酷に切り捨ててきたか……その生々しい内情を、事細かに真白の耳元で囁いたのよ」
【聖良視点:乾真白の『痛み』を代弁する覚悟】
聖良は、目の前で今にも崩れ落ちそうなほど真っ青になり、震え始めた神尾を冷たい目で見据えた。
ハイスペ王子の神尾には、一度徹底的に現実を突きつけてやる必要がある。
真白がどれほど傷つき、どれほどの地獄を一人で耐えていたか、この男は知る義務がある。
「真白はね、あんたが自分を本当に大切に思ってくれていて、見せてくれる顔に嘘がないこと、痛いほど分かってる。緑川に裏切られて、傷ついて……そうせざるを得なかった過去のあんたの弱さも、理解したいと思うって」
聖良はテーブルをコン、と指先で叩いた。
「でもね、理解することと、傷つかないことは別なのよ! 真白は恋愛未経験で、あんたが初めての男なの。触れ合う全部が特別でキラキラしてるのに……あんたにとっては、今まで散々抱いて、飽きて、翌朝には忘れてきた『その他大勢の人にしてきたのと同じ作業の一部』なんじゃないかって、一人で頭を抱えて泣いてるのよ!」
「そんな……っ、そんなわけ、ない……っ!」
神尾は声を詰まらせ、頭を抱えて激しく首を振った。
「そんなわけないって、あんたは言えるでしょうね! でも、あの女から事細かに生々しい夜の内情を一から十まで聞かされた真白にしてみれば、あんたの手のひらの温もりも、キスの仕方も、全部が他の誰かに『使い古されたもの』に見えちゃうの。その埋められない経験の差に、あのバカ真面目で優しい女の子が、どれだけみっともなく嫉妬して、惨めで、傷ついてるか……あんたに想像できる!?」
聖良の言葉は怒りに満ちていたが、その奥には親友を傷つけられた深い悲しみがあった。
「真白はね、自分の器が小さいからだって自分を責めてる。『こんなに過去を気にして、傷ついてしまう私に、彼の過去を含めて丸ごと愛する覚悟があるんだろうか』って、たった一人で戦ってるのよ。……あんたに嫌われたくないから、こんなみっともない嫉妬をあんたにぶつけられなくて、一人で耐えてるの!」
【神尾視点:牙を剥く己の過去、そして誓い】
「……っ、う、あ……」
喉の奥から、言葉にならない掠れた呻きが漏れた。
視界が急激に歪み、手足の先から感覚が失われていくような錯覚に囚われる。
緑川が、真白に接触していた。
俺がこれまでに犯してきた、自分を守るための、心のない不誠実な女性関係。
名前も覚えていない、ただ寂しさを埋めるためだけに抱き潰してきた女性たちの影。
そのおぞましい、自ら泥を塗った過去のすべてを、緑川の歪んだ悪意のフィルターを通して、最も清らかな真白の耳元に直接、暴力のように注ぎ込まれたのだ。
(俺が……俺の過去が、乾さんを、あんなに優しくて健気な彼女を、そこまで追い詰めていたのか……)
自分の過去の愚行が、牙を剥いて最愛の人を八つ裂きにしている。
その事実に対する、激しい自己嫌悪と、息ができないほどの恐怖。
『私にとっては特別なのに……神尾さんにとっては、私は『その他大勢のひとり』と何が違うの……?』
あの夜、泣きながら彼女が口にした言葉の真の意味を、蓮は今、初めて本当の意味で理解した。
「時間をください」と言った彼女は、俺を拒絶したのではない。
俺の過去という巨大な怪物を、自分の小さな両手で一生懸命受け止めようと、血を流しながら一人で踏ん張ってくれていたのだ。
「神尾」
佐伯が、神尾の震える肩を強く掴み、揺さぶった。
「お前、今ここで日和ったら、一生乾さんを幸せになんてできないぞ」
蓮は、ゆっくりと頭を上げた。
涙で視界が滲んでいたが、その奥にある灰色の瞳には、かつてない強烈な光が灯っていた。
「……乾さんは、今どこにいる?」
「家に戻ったわよ。でも、今すぐ押しかけて話せなんて言わない。真白の頭はまだパンクしてるから」
聖良が少しだけ声音を和らげて言った。
「分かっています」
蓮は涙を拭い、ぐっと拳を握りしめた。
「今すぐ行って、自分の言い訳を並べるような真似はしません。……乾さんが、自分の心と戦って、俺をもう一度見つめてくれるその瞬間まで、俺は逃げずに待つ。そして……」
蓮はまっすぐに聖良を見つめた。
「俺の過去の全てを、嘘偽りなく、乾さんに差し出します。どれだけ惨めで、最低な男だったか、全てを彼女に晒して、裁いてもらう。乾さんが俺の過去を嫌悪し、傷つき、怒るなら、そのすべての言葉を、俺は一生かけて、この身で受け止める。……絶対に、もう一度、彼女にふさわしい男になってみせます」
完璧な王子様の仮面は、今、完全に粉々に砕け散った。
けれど、そこに立っていたのは、ただ一人の女性の愛と痛みに命を懸けて向き合う、神尾蓮という、一人の血の通った男だった。
画面に表示されたのは、営業一課の佐伯の連絡先。
(仕事のことは、真白が完璧にやり遂げた。だけどプライベートのこれは……あの二人に任せておくだけじゃ、絶対に拗れて終わる)
緑川が真白を待ち伏せし、耳元で執拗に囁いたという蓮の「過去の内情」。
それを一人で抱え込み、傷つきながらも「自分が過去を受け止める覚悟を持てるか」と悩んでいる健気な真白を思い出すたび、聖良の胸には激しい怒りが沸き起こっていた。
『佐伯くん、今どこ? 至急、あんたに伝えておかなきゃいけない重要なことがある。神尾くんに至急取り次いでほしいの』
メッセージを送ると、わずか数十秒で着信があった。
『もしもし、小鳥遊!? 俺、今ちょうど神尾と飲んでる。あいつも抜け殻みたいになっててさ……。取り次ぐどころか、今すぐこっちに来て話してくれない? 場所送るから』
「わかった。今すぐ行く」
聖良はヒールの音を夜の駅に響かせながら、指定された居酒屋へと急いだ。
【佐伯視点:嵐の予感と、乗り込んできた女神】
「神尾、小鳥遊が今からここに来るって」
「……え?」
対面に座る神尾は、まるで行き場を失った幽霊のように力なく顔を上げた。
「なんで、乾さんの同僚の彼女が……」
「お前に直接、至急伝えたいことがあるんだと。とにかく待て」
佐伯は、胸を騒がせる焦燥感に眉をひそめていた。
乾さんが神尾に「時間をください」と言った理由。
単にレセプションでの元カノの嫌がらせ発言(来るもの拒まず去るもの追わず)にショックを受けただけなら、わざわざ小鳥遊が深夜に神尾を呼び出してまで伝えることなどないはずだ。
(絶対に、俺たちの知らないところで何かが起きてる)
十五分後、個室の引き戸が勢いよく開いた。
入ってきた小鳥遊の表情を見た瞬間、佐伯は背筋が凍るような緊張感を覚えた。
いつもは明るくお調子者の彼女が、見たこともないほど冷徹で、怒りに満ちた目をしていたからだ。
「小鳥遊、わざわざすまない。……何があったんだ?」
佐伯が席を促すと、小鳥遊はバッグをドサリと置き、神尾の正面に真っ直ぐに座った。
「神尾くん。あんた、今週ずっと、真白がなんであんたを避けてるか分かってないでしょ。自分の過去の『冷血王子』な噂がバレて、幻滅されたとでも思ってる?」
彼女の鋭い先制パンチに、神尾は息を呑んで固まった。
「……ええ。俺が、不特定多数の女性と中身のない関係を重ねていたことに気づかれて……軽蔑されたのだと」
「大ハズレ。真白はそんな薄っぺらい理由で、大好きなあんたを避けたりしない」
彼女は冷たく言い放ち、一呼吸置くと、二人の男に向かって爆弾を落とした。
「あのレセプションの帰り道、真白は緑川っていう女に待ち伏せされたのよ」
「――ッ!?」
神尾の顔から、一気に血の気が引いていくのが分かった。
佐伯もまた、持っていた箸をテーブルに落としそうになった。
「その女、一人で帰る真白を執着深く捕まえて、何て言ったと思う? 神尾くんが今までどんな風に女の子たちと関係を持って、翌朝には名前も覚えないまま冷酷に切り捨ててきたか……その生々しい内情を、事細かに真白の耳元で囁いたのよ」
【聖良視点:乾真白の『痛み』を代弁する覚悟】
聖良は、目の前で今にも崩れ落ちそうなほど真っ青になり、震え始めた神尾を冷たい目で見据えた。
ハイスペ王子の神尾には、一度徹底的に現実を突きつけてやる必要がある。
真白がどれほど傷つき、どれほどの地獄を一人で耐えていたか、この男は知る義務がある。
「真白はね、あんたが自分を本当に大切に思ってくれていて、見せてくれる顔に嘘がないこと、痛いほど分かってる。緑川に裏切られて、傷ついて……そうせざるを得なかった過去のあんたの弱さも、理解したいと思うって」
聖良はテーブルをコン、と指先で叩いた。
「でもね、理解することと、傷つかないことは別なのよ! 真白は恋愛未経験で、あんたが初めての男なの。触れ合う全部が特別でキラキラしてるのに……あんたにとっては、今まで散々抱いて、飽きて、翌朝には忘れてきた『その他大勢の人にしてきたのと同じ作業の一部』なんじゃないかって、一人で頭を抱えて泣いてるのよ!」
「そんな……っ、そんなわけ、ない……っ!」
神尾は声を詰まらせ、頭を抱えて激しく首を振った。
「そんなわけないって、あんたは言えるでしょうね! でも、あの女から事細かに生々しい夜の内情を一から十まで聞かされた真白にしてみれば、あんたの手のひらの温もりも、キスの仕方も、全部が他の誰かに『使い古されたもの』に見えちゃうの。その埋められない経験の差に、あのバカ真面目で優しい女の子が、どれだけみっともなく嫉妬して、惨めで、傷ついてるか……あんたに想像できる!?」
聖良の言葉は怒りに満ちていたが、その奥には親友を傷つけられた深い悲しみがあった。
「真白はね、自分の器が小さいからだって自分を責めてる。『こんなに過去を気にして、傷ついてしまう私に、彼の過去を含めて丸ごと愛する覚悟があるんだろうか』って、たった一人で戦ってるのよ。……あんたに嫌われたくないから、こんなみっともない嫉妬をあんたにぶつけられなくて、一人で耐えてるの!」
【神尾視点:牙を剥く己の過去、そして誓い】
「……っ、う、あ……」
喉の奥から、言葉にならない掠れた呻きが漏れた。
視界が急激に歪み、手足の先から感覚が失われていくような錯覚に囚われる。
緑川が、真白に接触していた。
俺がこれまでに犯してきた、自分を守るための、心のない不誠実な女性関係。
名前も覚えていない、ただ寂しさを埋めるためだけに抱き潰してきた女性たちの影。
そのおぞましい、自ら泥を塗った過去のすべてを、緑川の歪んだ悪意のフィルターを通して、最も清らかな真白の耳元に直接、暴力のように注ぎ込まれたのだ。
(俺が……俺の過去が、乾さんを、あんなに優しくて健気な彼女を、そこまで追い詰めていたのか……)
自分の過去の愚行が、牙を剥いて最愛の人を八つ裂きにしている。
その事実に対する、激しい自己嫌悪と、息ができないほどの恐怖。
『私にとっては特別なのに……神尾さんにとっては、私は『その他大勢のひとり』と何が違うの……?』
あの夜、泣きながら彼女が口にした言葉の真の意味を、蓮は今、初めて本当の意味で理解した。
「時間をください」と言った彼女は、俺を拒絶したのではない。
俺の過去という巨大な怪物を、自分の小さな両手で一生懸命受け止めようと、血を流しながら一人で踏ん張ってくれていたのだ。
「神尾」
佐伯が、神尾の震える肩を強く掴み、揺さぶった。
「お前、今ここで日和ったら、一生乾さんを幸せになんてできないぞ」
蓮は、ゆっくりと頭を上げた。
涙で視界が滲んでいたが、その奥にある灰色の瞳には、かつてない強烈な光が灯っていた。
「……乾さんは、今どこにいる?」
「家に戻ったわよ。でも、今すぐ押しかけて話せなんて言わない。真白の頭はまだパンクしてるから」
聖良が少しだけ声音を和らげて言った。
「分かっています」
蓮は涙を拭い、ぐっと拳を握りしめた。
「今すぐ行って、自分の言い訳を並べるような真似はしません。……乾さんが、自分の心と戦って、俺をもう一度見つめてくれるその瞬間まで、俺は逃げずに待つ。そして……」
蓮はまっすぐに聖良を見つめた。
「俺の過去の全てを、嘘偽りなく、乾さんに差し出します。どれだけ惨めで、最低な男だったか、全てを彼女に晒して、裁いてもらう。乾さんが俺の過去を嫌悪し、傷つき、怒るなら、そのすべての言葉を、俺は一生かけて、この身で受け止める。……絶対に、もう一度、彼女にふさわしい男になってみせます」
完璧な王子様の仮面は、今、完全に粉々に砕け散った。
けれど、そこに立っていたのは、ただ一人の女性の愛と痛みに命を懸けて向き合う、神尾蓮という、一人の血の通った男だった。