花に溺れ、香りに溶ける
着替えが終わると、私は準備に取りかかる。まず、きっと廊下で待っているだろう矢花さんを呼んだ。
「矢花さん、おもてなし用の煎茶を準備します。手伝ってもらえますか?」
「はい、蓮水先生。準備はもうすべて整っています。今日は、蔵出し茶と落雁を用意しました。待合室の掛け軸も、言われた通りに『古今和歌集』巻五【秋歌下】272番の歌を書いたものを用意できました。花も飾って来ました。先生に言われた通り、保温性の高い香炉にしましたよ」
「ありがとうございます。さすが矢花さんですね」
「いえ、蓮水先生は家元よりもしっかり指示をしてくれるから、助かりましたよ。待合室にはもう参加者の皆さんが集まり始めています。今から俺と生徒たちでおもてなしをしてきますので、蓮水先生は先に行ってください」
矢花さんが控室を出ていくと、私は香の間へ向かった。裏口でおじぎをして、自分の席に座る。炭を整え、灰を整える作業(灰点前=はいでまえ)を終えた。
「失礼いたします、香元。改めてよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。それでは、お客様のところへ参りましょう」
私は裏口から出ると、待合室へ向かった。
待合室に着くと、ふすまと自分の体がまっすぐ平行になるように、少し間を空けて正座した。ここで一度息をついて、ドキドキする気持ちを落ち着けた。