花に溺れ、香りに溶ける
「香道はね、香席だけがうまくいけばいい、というものじゃないんだ。最初のおもてなしからすべて大切でね。ここでのおもてなしも大事だし、それにこの和室に掛け軸があるだろう? これも、香元がやるべきことの一つなんだよ。あのお花もね」
「……知りませんでした」
「それを全部、一人でできる実力がある人は今、佐山家にはあの子しかいないんだ。礼儀作法もお茶もお花も。あの子にかなう人は今は、いないんだよ。だから、しっかり見ていてほしいんだ」
國宗さんはそう言って、おじぎをした。すると、その後ろで黙って見ていた美寿のお兄さんが、悲しそうな顔でこちらを見ていた。
いつもは優しくて穏やかな人なのに、そんな表情は見たのは初めてだ。
「煌太さん?」
「美寿はすごいんだ。父さんの言うとおりだよ、なんでも持っている子なんだ。あの子を見たら、誰だって心を引かれる。本当は、あの子が……いや、君に言ってもしかたないか。きっと、碧斗くんも、美寿のことをもっと好きになるよ」
「どういうことでしょうか?」
俺が彼に聞き返そうとしたとき、ふすまがまた開いた。そこには美寿がいて「炭団を引きました」と、いつもより低くて澄んだ声で言った。
「さあ、行きましょう。皆さん」
「ええ。楽しみですね、佐山さん」
「はい。楽しみです」
俺たちは待合の間を出て、香席がおこなわれる大広間へと向かった。