花に溺れ、香りに溶ける
「本日はようこそお越しくださいました。香元をつとめさせていただきました、佐山蓮水でございます。先ほどは皆さまと一緒に『寝覚香』を楽しみ、秋の夜長の景色を分かち合えましたこと、とてもうれしく思います。ささやかではございますが、これから薄茶と季節のお菓子をご用意いたしました。どうぞゆっくりお召し上がりくださいませ」
おじぎをしてあいさつを終えると、私は背筋を伸ばして、呼吸をお茶を点てるリズムに切りかえた。
心地よい緊張感が、また茶室を包んだ。私が座り直すのと同時に控えていた矢花さんが、10月の深まる秋をイメージした美しい和菓子を静かに運んできた。
代表のお客さんが手元に引き寄せたお菓子には、10月の秋を閉じ込めたような、美しい和菓子が乗っていた。
その名前は【残月(ざんげつ)】。
ほんのりした薄いピンク色と、夜が更けていく空を表すうすい紫色がきれいなグラデーションになっていてその上に、夜明けになっても空に残る白く澄んだ三日月がそっと飾られている。
さっきみんなで楽しんだ「寝覚香」の景色そのものだ。
風の音で目を覚まし、虫の声を聞きながら、しんしんと更けていく秋の夜長。
そして、静かな夜明けの空を見上げた瞬間を思わせる繊細で味わい深い和菓子だ。
お客さんは、食べるのがもったいないくらい美しい色を目でも楽しんでから黒文字をそっと入れた。
やわらかいお菓子が口の中で上品な甘さに広がっているのだろう……横目で見るととても幸せそうにしていたので、私もうれしくなる。