花に溺れ、香りに溶ける



 私は手元のお茶の道具に意識を集中させる。
 まず右手で棗を静かに取り上げ、自分のひざと茶碗の間に置いた。続いて左手で腰につけた布を引き抜き、右手で一気にさばく。
 絹の布がこすれる小さな音が、静まり返った部屋に響く。さばいた布を左手のひらに載せ、棗を包むように持つ。

 右手で布を2、3回すべらせて棗のふたを丁寧に拭き清める。清め終わった棗を、決まった場所へ静かに置いた。

 次に茶杓を取り、同じように布で丁寧に清めてから棗のふたの上に静かに横たえた。

 最後に茶碗を手前に引き寄せ、茶筅を中に入れる。釜のふたを開けると、10月の冷えた空気の中に白い湯気がふわりと立ちのぼり、松風と呼ばれる、お湯が沸く心地よい音が響いた。

 柄杓で熱いお湯を茶碗に注ぎ、茶筅がいたんでいないか確かめる茶筅通しを無言でおこなう。お湯を捨てる器に静かにお湯を捨て、布巾で茶碗の中をきれいに拭き上げると、いよいよお茶を点てる準備が整った。

 棗のふたを開けて茶杓で鮮やかな緑の抹茶を2杯、静かに茶碗にすくい入れる。柄杓でまた熱いお湯を注ぎ、私は茶筅を軽やかに振り始めた。
 茶室の静けさの中に、シャカシャカという茶筅の音だけが、心地よく響いていった。

 手首の力を抜いて、ひじを体で支えながら茶筅を一定のリズムで振る。茶碗の中に細かくきれいな、エメラルドグリーンの泡が広がっていく。
 仕上げに茶筅の先で「の」の字を描いてすっと引き上げると、抹茶のいい香りがふわっと立ちのぼる。

 私は茶碗の正面がお客さんのほうを向くように、手前へ時計回りに2回、静かに回した。
 指をきれいにそろえて茶碗を両手で持ち上げ、決まった場所へ無言で差し出した。


「どうぞ」


 香炉の正面をお客さんに向けたときと同じように、心を込めて差し出した最初の一杯。

 代表として座っていた百合乃様は、少し前ににじり出て、それを両手で丁寧に受け取った。




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