花に溺れ、香りに溶ける




 全員にお茶が行きわたり、茶室にはあたたかい満足感と、心地よい静けさが広がっていた。
 お茶を飲み終えたお客さんが、大切そうに両手で茶碗を見つめながら、私に静かに声をかけてくれた。


「とてもすばらしいお点前でございました。お菓子もまた、先ほどの香り遊びの余韻を感じさせるようで、深く心に残りました」

「恐れ入ります、伊東さま。今日の『寝覚香』に合わせて、お菓子は【残月】という名前で、夜が明けていく秋の空をイメージしていただきました」

「残月、でございますか。まさに風の音で目を覚まし、虫の声を聞きながら過ごした今日の景色そのものでございますね。掛け軸の『明月払清風』とも美しく重なって、まるで一つの絵巻物を見ているようでございました」

「そのように感じていただけて、これ以上の喜びはございません」


 その後もしばらく会話が続き、1時間ほどで茶会は終わった。

 お客様を送って片付けながら、私は今日を振り返る。緊張したけど、とても楽しかった。


「美寿ちゃん、お疲れ様でした」

「矢花さん。矢花さんもお疲れ様でした、今日は本当にありがとうございました」


 後ろにいたのは矢花さんだ。
 彼は、微笑みながら近くに座る。先程とは違い人懐っこい笑顔だ。


「いーえ! こちらこそありがとう。とてもやりやすかった。久々に楽しめたよ。また、呼んでね」

「はい、私もやりやすかったです」


 矢花さんはそれだけ言って帰って行った。
 私も、片付けてからこの施設の管理人さんにお礼を言い帰路についた。















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