花に溺れ、香りに溶ける




「あなたは昔から、負けず嫌いだった。でも同時に、傷つくことをとても恐れる子だった。だから母は心配だったの。あなたが彼女の隣に立った時、劣等感につぶされてしまうんじゃないかって。好きという気持ちだけで、その苦しさに耐えられるのかって」

「………」

「ところで、佐山蓮水さんの噂は知っていたかしら?」


 美寿のうわさ……それは全然知らなかった。ただ、パーティーで一目惚れした。それだけだった。
 

「その様子だと知らなかったのね。あのね、彼女の評判はとても良いものだった。どこへ行っても、誰と……いや、身内であるお兄様の煌太さんと比べても、かなう人がいないって言われていた。あの佐山家では無敵だった。だからこそ私は、怖かったの。あなたがつらい思いをするんじゃないかって」


 碧斗はうつむいたまま、こぶしを握りしめた。母の言葉は、今日感じた不安をそのまま言い当てていた。


「……今日、正直に言うと怖かったです。俺の知らない美寿がそこにいて。いつも優しくしてくれる煌太さんも緊張していて誰も彼女に追いつけないんだって、思い知らされました」


 母は静かにうなずいた。


「それでいいのよ。怖いと思うのは、当たり前のこと。……でも碧斗、それでもあなたは、そんな彼女の隣に立ちたいと思う?」


 碧斗は少し黙ったあと、顔を上げた。


「……立ちたいです。俺は、美寿の隣にいたい」


「そう。その覚悟を忘れないでね。好きという気持ちだけでは守れないものが、これからたくさん出てくるはずだから」


 母はそう言うと、初めてかすかに笑った。


「あなたがそう言うなら、もう反対しないわ。……あとは、あなた次第よ。しっかり励みなさい」



 母の言葉を胸に、前とは違う思いを決意して母の書斎を出た。
 そして、俺は父がいるであろう稽古室へ向かった。










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