死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない
現場に到着するや否や、朔夜は馬車から飛び降りた。
すでに霊災対策課・鎮定局の面々が動いている。
結界の補修と、漏れ出した瘴気の固定の作業中だった。
その中心に立つ人物に、朔夜は声をかけた。
「九条!」
振り向いた男は、淡い銀髪を端正に分け、灰青色の瞳の整った顔立ちをしていた。
白制服の胸元では徽章が光り、肩には鎮定局を示す銀糸の刺繍が入っている。緊張感のある現場には不釣り合いなほど、中性的な印象を受ける。
だが、その目だけは獲物を値踏みするように冷静だった。
「遅いよ、御神影執行官! 今、なんとか固定でいけそうだ。まだ動くな」
軽い口調とは裏腹に、現場の指揮は一切乱さない。
「……いや、ここは浄化が必要だ」
朔夜は淡々と告げ、指を二本立てる。術式の起点となる構えだった。
「おい待て! 指揮権は僕の──」
「現場の最終決定権は、執行官の俺にあるはずだ」
朔夜に遮られ、九条は言葉を飲み込む。不満を残しながらも口を閉じた。
その場の空気が一気に張り詰める。
朔夜は一歩、前へ出た。
彼を中心に風が吹き荒れ、周囲の瘴気が一箇所へ吸い寄せられていく。白制服の裾が大きく翻った。
そして、朔夜の指先が空間に「榊の葉」の軌跡を描く──。
「神祓御影流──断!」
一閃の斬撃が空を裂くと、爆ぜるような衝撃波と共に土煙が舞い上がった。そして、どす黒い瘴気が霧のように崩れ、静かに消えていった。あとには、濃い緑の榊の葉だけが、ひらりと舞い落ちた。
九条は納得していない顔のまま、「浄化完了……さすが」と言った。声音は抑えられているが、完全には飲み込めていない。
朔夜は気にもせず、すぐに背を向け馬車へと戻る。
「次の現場は近い。すぐに向かう」
「なんでわかるのさ?」
「ここの地脈はおかしい」
九条は眉を上げ息をついた。
「……さすが、由緒正しい異能神主の血だな」
馬車の中で、二人は向かい合って座る。
九条が何気なく口を開く。
「最近、穢れの発生報告が立て続いているんだよね」
「そういう時期でもあるな」
「正月の参拝客の祈りが、ちょうど腐ってくる頃だね。小さな穢れは部下に処理させているけど、追いつかない」
朔夜は短く頷く。
「地脈が乱れて穢れの性質が変わってきている」
「……ああ。本当にその通りなんだよね。このままなら、いずれ帝都全体は沈むよ」
九条はわずかに身を乗り出し、朔夜の目の奥を探るように見つめた。
「で? 御神影。君のその身体は、いつまで保てるわけ?」
朔夜が一瞬だけ、目を見開き、すぐに戻す。
「問題ない。だからここにいる」
「痩せ我慢で倒れられても困るんだ。君の『代わり』は、まだ存在しないんだからさ」
「代えは利かない、か……俺なら大丈夫だ」
朔夜はそれ以上語らず、視線を窓の外へ外した。