死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない


 次の現場に到着すると、空気が明らかに違っていた。
 集落の周囲には瘴気が滞留している。外に出る者はおらず、静まり返っている。人の気配が弱い。
「これはひどい。人が住めなくなるぞ」
 九条はすぐに手を重ね術式展開を開始する。

「──律界縫合!」

 現場に低く、はっきりとした声が響く。
 片手を刀のように立て、裂け目をなぞる。空間が縫われるように閉じていく。最後に、糸を引き結ぶように指を動かした。
 結界を張り終えると、そのまま瘴気へと向き直る。すらりとした長身が無駄なく動く。

「──瘴気定着」

 溢れ出ていた瘴気がピタリとその場に縫い止められた。「よし、成功だ」と九条が一息ついた、その直後。
 遮るように、朔夜が前に出た。

「浄化する」
「やめろ! 固定で済んだんだ、これ以上無駄な体力を使うな!」

 しかし、九条の制止はすでに遅かった。

「──断!」

 朔夜は再び瘴気を吸い寄せ、斬り払ってしまう。そして黒い塊が跡形もなく消え去った。
 九条はその場に立ち尽くし、目を見開く。
 いつもなら、連続浄化を行えば、朔夜の腕には黒い血管が浮かび上がり、息が上がってもおかしくないはずだった。
 だが──朔夜の白い肌に一瞬だけ浮かび上がった黒い線は、まるで幻かのように、またたく間に綺麗に消え去った。

(……馬鹿な、こんな回復速度……今まで見たことがない)

 九条の中で、違和感がはっきりと形を持った。


 
 職場へ戻り、休憩室で一息つく。
「報告の前に休む」
 九条は官帽を脱ぎ、椅子に腰を下ろした。
 朔夜もソファに座り、足を組んだまま落ち着いていた。いつもなら、この時点で朔夜の呼吸が乱れているはずなのに。今日は違った。

「今日はおかしいね。体力を消耗していない」
「いい薬を見つけた」
「御神影は甘味でしか回復できないだろう。相当強い菓子だね。どこの店の?」

 朔夜は唇を引き結び答えない。九条の部下が差し出した菓子を受け取り、一口だけ食べる。
「……甘いだけだ」
 朔夜は眉を寄せた。以前はこれで満たされていたはずなのに、今は舌に薄く張りつくだけだった。そしてそのまま皿に戻した。

 九条はそれに目を見開く。
「残した……? 本気で倒れるぞ」

 朔夜は窓の外へ視線を向け、やはり何も語ろうとはしなかった。
 そこへ上官が血相を変えて入ってきた。

 「休憩中すまない、第三波だ! 出動命令が出た!」

 九条がすかさず反論する。
「待ってください、いくらなんでも連続出動は無理です! 彼が死に──」
 言いかけた九条の目の前で、朔夜は何の苦もなさそうに、すっと立ち上がった。
「俺は問題ない。現場へ向かう」
 今までの朔夜とは別人の様子に、九条は完全に言葉を失った。

(やはり……絶対におかしい)

 あれだけ身を削ったはずだ。それなのに、なぜ動ける。
 九条はゆっくりと立ち上がり、歩き出した。
 横目で朔夜を追う。
 その時。

 朔夜が胸元に手を入れ、小さな包みを取り出し、口に含んだ。
 その瞬間、朔夜の呼吸がほんの少し落ち着いた。
 九条の視線が細くなる。


(……今のは何だ?)

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