死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない



 御神影家を出た九条は、官馬車へ乗り込むなり深く息を吐いた。
「……だから嫌なんだ。感情で動く連中は」
 鼻先には、まだ夏蜜柑の香りが残っている気がした。神経を逆撫でするような強い匂いに、九条は眉間を押さえる。

 御神影朔夜。
 あれほど感情を表に出さない男が、小春を庇った瞬間だけ明確な怒気を見せた。

(あそこまで執着しているとは思わなかった)
 馬車の窓へ肘をつき、九条はぼんやり外を眺める。

 小春は危険な異能者ではない。むしろ、希少な治癒寄りの力だ。国として排除対象にする理由はない。だが、御神影を壊す可能性があることは否定できなかった。

 九条は何人も見てきた。限界を誤魔化し、最後には壊れていった異能者たちを。だからこそ、御神影朔夜だけは同じ道を歩ませるわけにはいかなかった。

「……善意って厄介だよね」
 ぽつりと呟く。
 あの少女は自分が朔夜を苦しめる可能性など、考えてもいない顔をしていた。ただ助けたいだけ、役に立ちたいだけ。その濁りのない純粋さこそが、最も残酷で一番危うい。

 九条は懐から小さな紙片を取り出す。そこには鈴白家についてまとめられた簡易資料が記されていた。
 
「鈴白は、かなり追い詰められてるみたいだね」
 資金繰りの悪化。公爵家からの信用低下。職人の流出。そして、小春を失ったことで、家伝の味を完全に再現できなくなっている現状。
 九条は資料を閉じた。

 御神影朔夜は小春を手放さない。ならば無理に引き離しても意味がない。

「あの子自身に考えさせた方が早いか」
 小春は優しい。優しい人間ほど、自分より他人を優先してしまう。
 もし本当に御神影を想うなら、いつか自分で答えを選ぶはずだ。

「御神影は死なせない」

 馬車が石畳で揺れる。窓の向こうでは、夕焼けが街を赤く染め始めていた。
 九条は官帽を目深に被り直す。

「──鈴白へ向かって」

 九条は御者へ短く告げる。
 馬が嘶き馬車が方向を変え、ゆっくり走り出した。

 小春はまだ知らない。
 自分の選択が、御神影朔夜の未来を左右することを。その決断を迫る影が、すぐそこまで忍び寄っていることを。









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