死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない
第四章:堕ちた実家と、御神影の選択



 朝餉を終えた頃だった。
 志乃が「失礼します」と襖を開けて入ってくる。その腕には、大切そうに風呂敷包みが抱えられていた。

「朔夜様。先日お選びになったものが届きました」

 その言葉に、小春の急須を持つ手が止まる。
 朔夜は「そうか」と短く返しただけだった。
 志乃は座卓のそばへ膝をつき、丁寧に風呂敷を広げていく。
 現れた反物を見た瞬間、小春は小さく息を飲んだ。

「……綺麗」

 それは見事な若草色だった。春の陽を浴びた若葉のような、やわらかな色合い。派手ではないのに、目を奪われる優しい美しさがある。絹地にはほのかな艶があり、朝の光を受けて静かにきらめいていた。

「朔夜様がお選びになりました」
 志乃がやんわりと微笑む。
「……え?」
 小春が振り返ると、朔夜はわずかに眉を動かした。
「何だ」
「いえ……朔夜様が私のために選んでくださったのかと思うと……」
「必要なものを選んだだけだ」
 彼は湯呑みに口をつけたまま視線を逸らした。
「いつまでも志乃の借り物では不便だろう」
 それだけを淡々と言う。

 小春は目を瞬かせた。
 自分のために、新しい着物を用意してもらえるなど思ってもみなかったからだ。鈴白にいた頃、自分のために選ばれた着物など一度もなかった。いつも紗良のお下がりで、丈の合わない擦り切れた着物を身につけていた。

「……私のために、ここまでしてくださるのですか?」
 声が少し震えてしまう。
 朔夜は静かに湯呑みを置いた。

「必要だと思った」

 簡潔な言葉だった。けれど、その不器用な優しさが胸にじんわりと沁み込んでくる。
 小春は若草色の反物へそっと触れた。さらりと滑る絹の感触が心地よい。

「……ありがとうございます」
 気を抜けば、泣いてしまいそうだった。
「大切にします」
 小春がそう言って頭を下げると、朔夜は小さく頷いた。
 その横で、志乃がどこか嬉しそうに目を細めている。

 小春はもう一度、若草色の反物へ指を添えた。その温かさを、忘れないように。

(こんなにも大切にしてもらえるなら── 私も、もっと朔夜様の力になれる菓子を作りたい)






< 37 / 62 >

この作品をシェア

pagetop