死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない
店を出たあとも、小春の胸は高鳴ったままだった。
(焼き菓子で使う膨らし粉……あれなら)
一つはもうわかっている。
(残るは酸の正体、ね)
「酸っぱいもの……お酢かしら?」
試したいことが次々と浮かんでくる。
口の中でしゅわっと弾け、瞬時に甘さが広がる菓子。朔夜を少しでも早く人間へ戻すためのお菓子。想像するだけで小春の胸が躍った。
小春の横を、二人の婦人が通り過ぎる。
「鈴白さん、とうとう店を閉めたわね」
「最近は餡の味が落ちたもの」
「相当な借金があって、職人も辞めたらしいわ」
婦人たちの噂話が、ふいに小春の耳へ届き足が止まった。
(鈴白が……ついに)
胸の奥に冷たい隙間ができたようだった。
幼い頃から過ごした厨房。湯気の立つ餡鍋。菓子木型の並ぶ棚。
辛い思い出ばかりではない。幼い頃、父に餡の味見をさせてもらった日もあった。
小春はぎゅっと唇を噛んだ。
けれど、ゆっくりと力強く顔を上げる。
その瞳には、かつての少女の面影はどこにもない。
(今は、やるべきことをやるだけ)
九条の冷酷な言葉を覆すためではない。
実家を見返すためでもない。
(ただ、必要としてくれた朔夜を守るために──もっと強い菓子を作る!)
小春は再び前を向き、力強く歩き出した。