死神の旦那様は、花嫁菓子しか食べられない
第九章:人に還る口づけ



 小春は御神影の家のすぐ近くまでやってきた。

「精霊さん、朔夜様は⁈」
 何も返らない。胸の奥が、ぎゅっと掴まれたように痛んだ。急に息が苦しくなる。

(怖い!)
「お願いっ、誰か応えて!」

 取り乱した小春が叫ぶ。すると、すっと全身から血の気が引いた。足裏の感覚が消え、膝から力が抜けそうになる。咄嗟に生垣に手をついて立ち止まる。同時に、猛烈な眠気に襲われる。

「なっ……いやだ……」

 手先がやけに冷えている。白く血の通わない爪が見えると、急に息が吸えなくなる。
(息が乱れる……しっかりしないと!)

 しかし膝の力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。土の冷たさが心地よくて、そのまま沈み込みたくなる。

(……早く……行かないと)

 指先は土を懸命に掻くが意識はすっと遠のいていく。瞼は閉じ、ついに顔は地面についてしまった。
 その時だった。
 小春の頭の中にあの声が届いた。

『小春! 早く来て!』

 かろうじて繋がる意識が、闇の淵から小春を呼び戻す。
「……榊さん……?」
『朔夜様には君が必要だ!』
「どうして……?」
『小春が離れて……朔夜様の心に隙間が出来てしまった!』
(っ!)

『瘴気は、きっとそこに付け込む!』
「そんなっ……」
『必要なのは……ラムネじゃ……ない』
(……え?)

 榊の声が途切れる。
 その言葉だけが小春の胸に残った。

(朔夜様を……助けないと)

 しかし世界が白く霞み、少しでも油断したらその場で意識を失いそうだった。

(……行かなきゃ)

 力を振り絞り顔を上げた。
 それなのに、瞼が勝手に閉じそうになる。
 薄く開いた視界に、小石が転がっていた。這うように腕を伸ばし、小石を拾う。息を止めると、思いきり掌で握りしめた。石の尖った角が、柔らかな小春の肉に食い込む。

「いたっ……!」
 それでも小春は石を握る手を緩めなかった。

(これがなんだって言うの。朔夜様は、もっと苦しいものを一人で抱えている!)

 さらに力を込める。尖った石が掌に深く食い込み、じわりと温かい血が滲んだ。はっとして掌を広げると、そこには血に染まった石があった。その鮮やかな赤が、霞かけた意識を引き戻した。

「……行かなきゃ」

 小春はゆっくり肩で呼吸を整えた。

(一秒でも早く)

 壁に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
 向かう道の先を見据え、再び足は歩みを始めた。

「必ず、おそばに参ります」

 もう二度と、あの人を一人にはしないために。





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