冷徹なエリート社長はセフレな私を一途に愛して孕ませたい


 新宮部長の提案はすごく嬉しいものだったけれど……。

「いいえ、実はもう新しい場所で働いているんです」

 新宮部長のこめかみが一瞬だけピクリと動いた。

「新しい場所?」

「はい、そうなんです。前の職場も……もちろん好きでしたけれど……今の職場のことは大好きなんです」

 おかしな噂が立つまでは、子どもの頃から関わってきた会社ということもあって、新宮グループ系列の会社で働くのは嫌いじゃなかった。

「おかしな噂か」

「え?」

 新宮部長が真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。

「おかしな噂やない。ずっと会いたかった、美桜ちゃん。せっかくやから、あの噂、ほんまにせえへんか? そうして、噂を流して君を虐めた女性社員の鼻を明かしてやったらええ」

「え……?」

 新宮部長の話した内容がすんなり頭に入ってこない。 
 けれども、美桜は混乱する頭で話を整理する。

(噂を本当にするって、それって……)

 美桜はそっと俯いた。

「新宮部長、ご冗談ばっかり。いつも言ってたじゃないですか? 婚約者さんに怒られちゃいますよ」

 すると。
 新宮部長が嬉しそうに微笑んだ。

「婚約者とは破談になったんや」

「どうして、ですか?」

 なんとなく嫌な予感がしてくる。

「婚約者もあの噂を聞いたみたいでな。あの噂、美桜ちゃんは嫌やったかもしれへんけど、僕としては勇気をもろた。好きな女性がいるって断らせてもろた。父にも『お前の好きにせえ』って」

 美桜は胸騒ぎがしてくる。

「好きな女性……?」

 新宮部長がこちらをじっと見つめてくる。

「いけずやね、そんなん決まってるやん」

 彼の視線は自分だけに向けられていた。

「美桜ちゃんには妹やなくて、伴侶としてそばにいてほしい」

(そんな……)

 美桜は衝撃を受けて打ちひしがれてしまう。
 自分たちの噂のせいで――新宮部長の婚約者が――一人の女性が不幸になってしまったかもしれないのだ。
 心臓が嫌な音を立て始めた。

「もうずっと僕の気持ちには気づいていたやろ? ねえ、噂をほんまにしようや。小さい頃からずっと君のことだけが好きやねん」

 新宮部長が至極幸せそうな笑顔を浮かべてきている。

「私は……」

 美桜は喉がカラカラになった。
 これまでもずっと「冗談ですよね」って笑顔で流していたけれど……。

「好きな人がいるから無理です」と言えば良いだけなのに。
 衝撃が強すぎて、まるで時が止まってしまったかのようだ。

「美桜ちゃん」

 新宮部長が美桜の手をそっと握ってくる。
 手を振り払おうとしたが、相手の力が強すぎる。

「美桜ちゃんのご両親も、美桜ちゃんが俺と一緒になったら喜んでくれると思わへんか?」

 このまま打ちひしがれている場合ではない。

「ごめんなさい。新宮部長、私は好きな人がいるんです」

 新宮部長が不思議そうに尋ねてくる。

「好きな人? そんなこと、この間まで言うてへんかったよな?」

 その時。
 茂みがかさかさと揺れ動く。

「おい! ミオを捕まえてきたぞ!」

 ――背後から黒猫ミオを抱き抱えた恭司が姿を現した。

「恭司さん……!」
 
 彼の姿を眺めると、ほっとして緊張がほぐれていく。
 そこでハッと気づく。
 新宮部長に手を握られたままだという事実に。

(恭司さんに誤解されたくない)

 ドイツの時のように助けに入ってくれるかもしれない。
 だが、美桜は新宮部長の手を振り解いた。

「ごめんなさい」

 恭司の反応が怖くてビクビクしていたのだが……。
 美桜の隣で立ち止まった恭司が呆然と前を見つめていた。
 彼の視線は新宮部長に注がれている。
 そうして、恭司がポツリと呟いた。

「……順一」

 美桜はハッとする。

(恭司さん、もしかして新宮部長と知り合いなの……?)

 会社の経営者や御曹司などで顔見知りの可能性もある。
 もしかしなくとも――二人は顔見知りなのだろうか?
 すると、新宮部長も恭司に視線を向けながら、ポツリと呟いた。

「まさかこんなところで会うとは奇遇やね、恭司兄さん」

 恭司がギリリと歯噛みした。

(恭司さん、お母さんが違う弟さんがいるって確か話していた)

 ――三人の間に冬の冷たい風が吹く。

(まさか――恭司さんと新宮部長は兄弟なの?)

 二人の関係性に――美桜は衝撃を受けたのだった。


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